よどるふ

廃市のよどるふのレビュー・感想・評価

廃市(1984年製作の映画)
5.0
主人公の男子大学生が論文執筆のために訪れた町には運河が張り巡らされており、その町の駅に降り立った瞬間から“水の音”が否応なく主人公の耳に届く。川の流れる音、川の上を行く船の音、そして女のすすり泣く声……。主人公は不審に思う。水の音に紛れたその妙な声を。

「主人公が聴いたすすり泣きの声の主は誰か?」というミステリー的な興味も用意されてはいるが、あくまでそれは本作がたどり着く美しい着地における一要素という印象。それだけでも大満足なのだけれど、全編に満ちている“どこにも行き場のない寂れたムード”があまりにも好み過ぎて参った。

町に張り巡らされた運河が自然のものではなく人工的なものであることが作中のセリフでも説明されるように、その町で暮らす人々が自覚する“廃れた町”は、自然の摂理によってではなく、最初から人間の手によって造られたものだ。そして廃れゆくのは町だけではなく、住人たちも同様である。

運河が人工的なものなら、そこを流れる水の音も人工的に付与されたものではないか?と思うのは、それこそ主人公が降り立った駅でも僅かながら聴こえる“水の音”が見える範囲に運河があるわけでもないのにはっきりと聴こえるから。作中設定としての“造形”と、映画としての“造形”がある。

そういった人工的な造形の美しさを含む本作は、夜の運河の上で上演される歌舞伎や、夏の陽光によって相対的に薄暗くなる屋内で衝立と風に揺れるカーテンの奥に見える姉妹をロングショットで捉える光景など、思わずため息が出る美しさに溢れている。傑作。いまのところ大林作品の私的ベスト。
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