ダミアン君に恋してる

エクソシスト/ディレクターズ・カット版のダミアン君に恋してるのレビュー・感想・評価

5.0
あまりにも有名な代表格のオカルトスリラー☆

ホラーというジャンルで不動のポジション獲得しているだけあって、評価の有無を言わせない圧倒的な魔力を感じる。

しかしこの映画、"ホラー"ではないと監督は言っている。どうやら人を怖がらせる事を主体としていないらしい。

確かにそうかもしれない。今回でこの映画を観るのは3回目なんだけれど、前回観た時ほど怖いと思わなかった。

本作『エクソシスト』は、オカルトの神秘と、その宗教性を題材としたドラマだった。

そう思える事の一つに、デミアン・カラス神父の存在がある。

彼は神父でありながら、信仰心に揺らぎを感じていて、そのせいもあってか、始めはリーガンに取り憑いた悪魔を信じようとしなかった。彼も彼で、自分の身に起こる不運を呪っていたところがあり、心が曇って神の意思を素直に受け止められなくなっていた。

そんな始めは半信半疑だった彼が、一人の汚れのない純粋無垢な少女の為に決心し、命懸けで悪魔という目に見えない邪悪な存在相手に戦おうとする姿に心を動かされる。

この筋をメインに考えると、この作品はホラーと呼ぶにはとても違和感がある。

しかも、製作陣が言うにはこれは「神父が命懸けで見知らぬ少女の命を救おうとする話」、いわば純真な"ラブストーリー"でもあるとの見方もあるらしい。
これを聞いて、この作品の見方が180度変わったの同時に作品への評価も格段高くなった。こういう"隠れ要素"っていうのかな、私こういうの大好き。

そこで私が思うのは、名作になる恐怖映画って、ただ怖がらせようとしていない所が良いんじゃないかな、ってこと。怖いお話以前に、何かが主体に描かれている。もっと奥深くにあるテーマ。それは人間性を問うものだったり、人間の弱さ強さを表していたり、葛藤、信念、愛情のドラマだったり。誰もが共感できる感情の奥深くに通じるテーマを感じ取れる事で、他の作品とは比べられないほどの影響力をもって、ただの怖い映画ではなくなるんだと思う。

時に人は悪魔と対峙し、悪魔の力を借りることで、本来の自分に気づき、そこから見つめなおす事もできる。そうなれば必ずしも悪魔は"悪"ではなくなるのだろう。

"悪魔"は我々の裏に隠された、いわば人間の醜い部分の象徴的存在なのかもしれない。

そう思って、私が悪魔に魅了され続ける理由がまた少し分かった気がした。

ドキュメンタリーを得意とする監督の技あって、このストーリーがまるで映画(つくり物)に見えない凄さとリアルな完成度。
CGの無い時代に巧みなクオリティ(メイキングを観れば一目瞭然)を誇る本作は、目をそらしたくなるような少女の変貌と、思いもよらぬショッキングな演出で他では味わえない底知れぬ恐怖で魅了してくれる唯一無二の作品だ。

宗教感でいう《救い》とは一体何なのか──

デミアン・カラス神父の事が頭から離れない。彼は、本当の意味で神に選ばれし者だったに違いない。

*☆Keyword*☆
『めざせ!スパイダーウォーカ~♡』