ふき

アイアンマンのふきのレビュー・感想・評価

アイアンマン(2008年製作の映画)
5.0
軍事産業の社長が自ら作り出した兵器を葬るべく戦うヒーローアクション作品にして、マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)の一作目。
知人に誘われて何の気なしに劇場に行ったら大ハマリしてしまった、個人的に思い入れの強い一作だ。

MCUシリーズの一作目だが、すでにシリーズの型とも言うべきポイントを網羅している。
本当はポテンシャルがあるのに知名度はそれほどでもないヒーローを、現状売れ線ではないが相応しい俳優に演じさせ、対称的に一作で退場するヴィランには有名な俳優を起用し、パートナーには護られるだけでない強い人物を置き、一見向いてなさそうだが実は的確な資質を持った監督で作品化する。目を見張る技術で生み出されたヒーローとヴィランが街をぶち壊す傍ら、真剣な状況ですらオフビートな笑いや軽口の叩き合いで笑えるユーモアに満ち、ゆえに本当に真剣な数シーンが鳥肌が立つほど心に刺さる。そして本編で満足できるからこそ次回予告でホカホカして劇場を後にできる。
ないのは「他作品のヒーローのカメオ出演」くらい? いやほら、あの人出るし! テレビ放送だとカットされるけど!

そんな感じで良いところが満載なのだが、これだけは異論は出るまい、本作はもうとにかくトニー・スターク社長がいいヤツすぎる。
ヒーローになる前からいいヤツだ。自律型AIのジャーヴィスを作るほどコンピューターやプログラミングの造詣が深いが頭でっかちではなく、ホットロッドを自分でチューンナップするような肉体性も備えているところが、序盤も序盤からすでにいい。汗を流して手を動かして自分でものを作るヤツは信頼できるし、それが敵との対象になっているのもムダがない。
エキセントリックで高慢に見える性格が精神的な弱さの発露というのも暗示されているし、他人との接し方にある意味で分け隔てがないのも最初からだ。特に私が好きなのは、不器用アームと一緒にMark IIを作っている時の、「邪魔するな。……すまん、私の方が邪魔か?」の台詞で、「機械より人間サマの方が優先」みたいな感覚がなく自然に機械とのコミュニケーションをとっているところに地の人間のよさを感じるし、これものちの重大な展開に繋がる信頼関係の描写としてやっぱりムダがない。

責任感の強さから問題にのめり込み、その能力故にかえって大ごとにしてしまうのも本作からだ。無国籍テロ集団「テン・リングス」に対抗すべく作ったアークリアクターとMark I、自社の兵器を壊すべく作ったMark II、IIIが、結果的に更なるヴィランを生み出してしまい、その因縁の鎖がアイアンマンシリーズのみならず、MCUシリーズまで延々とトニーを「自らが作り出したものとの戦い」に縛り続けている。
もっと言えば、アフガンでトニーを拉致したテン・リングスが、のちに9.11を起こすアル=カーイダのようにも読み取れる。アル=カーイダは現実世界では「アメリカ軍が訓練した組織を母体とするテロリスト」であり、そしてMCUにおいてスターク・インダストリーズはアメリカ軍に兵器を供給する存在である。つまりテン・リングスは父親ハワード・スタークを筆頭とするスターク・インダストリーズが作ったとも解釈でき、トニーは生まれる前から逃れられない運命に絡め取られているとも言える。

とはいえ基本は高慢でいけ好かないプレイボーイなトニーがメインだから、作品は全編に渡って決して重くならない。敵に拉致されて拷問されたり殺されそうになっている時でさえ笑いを細かく挟んできて、だからこそトニーが本気になるところが忘れられない。
特に中盤の「トニー・スタークがアイアンマンに“なる”」展開だ。Mark IIの制作過程で純粋な物作りの魅力と試運転の高揚感を描写しておいて、一転、判明した敵へのアベンジに向けて緊張感を高めながら、Mark IIIが武器になっていく過程とトニーが精神的にヒーローになっていく過程を重ねて描くシークエンスは、本作の白眉だろう。

そんな「偉大な父親を持つも、綺麗には生きられなかった男」という側面を完璧に演じる――体現しているとも言えるロバート・ダウニー・Jr氏が、本作のもっとも表面を飾ると共に、本作の一番底辺を支えている。彼をキャスティングしたジョン・ファブロー監督には、何度礼を言っても足りない。抱かれてもいい。いや、RDJを入れて3Pでお願いします。

周りのキャラもいい。
全員に言及したいところだが、個人的に一番好きなのは、ショーン・トーブ氏演じるインセンだ。第一幕のみの出番でありながら、トニーに食われない存在感とで織りなすアンサンブルが素晴らしい。台詞もよくて、「天才トニー・スタークがこのまま死ぬのか」「この一週間が大事だ」とトニーを立ち直らせるところは、捕われの身であることに諦めていた自分自身を、もう一度正しいことにために使おうと自らを鼓舞しているようにも響いて、なにも描かれていないキャラクターにも関わらずバックグラウンドを想像しては泣きそうになる。
Mark I起動の時間稼ぎのために、ライフルを手にテロ組織に走って行くところで、銃口を天井に向けて威嚇射撃しているというのも、地味な演出だがいいんだ。

当然だが不満点もチラホラある。
なんと言っても最終決戦の決着だ。「実際に手を動かして作るトニー」と「人の発明を盗んで他人に作らせるヴィラン」の対比として、あのシークエンスを決着にしてほしかった。だがそれだとヴィランの死に方が陰惨になるし、ヒーロー映画としての盛り上がりにもかけるだろうから、難しいところか。
Mark IIIのデザインは胴体部分に赤色が集まりすぎて、引いていればバランスがいいのだが、バストアップになると画面がのっぺりするのは否めない。装甲の縁が傷付いて色が禿げるとクッソ格好良くなるのだが。
CG関係も、流石に一〇年近く経過するとMark IIIを着るシークエンスのCGっぽさが目立つし、リパルサーの光は四年後の『アベンジャーズ』と比較しても整然とした線すぎて気にならないこともない。
そのほか、ティム・ギニー氏演じるアレン少佐の出番もう少し欲しかったなとか、グウィネス・パルトロー氏演じるペッパー・ポッツはポスターアートやパッケージの描き方だとまるで戦うヒロイン枠みたいだぞとか、アークリアクターを付け替えるシーンでリアクターが出たり入ったりしてるとか、あるにはあるのだがこの辺りで打ち止め。

以上、本作は私にとっては大切な一作だ。
人にはそれぞれ、自分の年齢や状態によって見るたびに新たな発見があり、作品を通じて自分を見つめ直す機会をくれる作品があると思う。
本作は私にとってのそれで、今後何十年も見返すことになるだろうと思っている。
そこまでではなくとも、アクション映画アメコミ映画ヒーロー映画に触れてこなかった方でも、一定の面白さを感じられる作品なので、自信を持ってオススメしたい。

そうそう、サントラも全部好きなんだけど、やっぱアポジー賞の授賞式とカジノのシーンで流れる、一九六六年のアニメ版の主題歌アレンジがいいよね。リパルサーレイっぽくダイス投げたくなるよね。

(2015/11/20にマークしたが、シリーズを再度見返した上で2017/01/21にアップデート)