愛鳥家ハチ

未来世紀ブラジルの愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

未来世紀ブラジル(1985年製作の映画)
4.2
テリー・ギリアム監督作品。短縮版ではなく、143分のオリジナル版を鑑賞。本作は、一言でいえば情報省職員である主人公が不可思議な夢と不条理な現実の中を奔走するブラックコメディ風ディストピアSF作品といえましょうか。

ーー奇抜
 全編を通じて、ワンカット毎に奇抜なアイデアが盛り盛りに盛り込まれてれており、監督の溢れるイマジネーションを細部にわたって取りこぼすことなく映像化しようとする心意気が窺われました。"ペースト状の料理"やコンピューターの"拡大鏡ディスプレイ"を始めとした、本作の世界観を構築する諸々の小道具たちがとりわけ秀逸で、一切の妥協を感じさせません。

ーー不穏
 加えて、所々挿入されるさり気ない描写も目を惹きます。例えば、子供たちが"逮捕尋問ごっこ"をする様は実に不穏なものでした。警察役が犯人役を追いかける日本の"けいどろ(どろけい)"の子供らしい健全さとは打って変わって、被疑者役を紙袋ですっぽりと覆って行う"逮捕尋問ごっこ"となると途端にディストピア感が醸し出されるのですから、大層巧い演出だと思いました。

ーー条理
 本作は、どちらかといえばオーソン・ウェルズの『審判』に近い不条理作品に位置づけられそうではあります。ただ、国家公務員である主人公が守秘義務違反や職権濫用、規則違反をナチュラルに積み重ねた結果として窮地に立たされている面もあり、厳密には不条理作品とは言えないのかもしれません。過度な人権抑圧を是とする法制度がよろしくないのは勿論ですが、人の良過ぎる主人公が(悪法といえども)法を犯して無茶をすれば不味いことになるのは当然といえば当然です。その意味では、不条理ではなく(悪法下での)条理に適ってしまってはいます。しかし、"人として正しいこと"をしたが故に困難に巻き込まれるのだとしたら、それはそれでやはり不条理といえるのかもしれません。

ーー総評
 テリー・ギリアム監督は、本作について、「観客の半数が席を立った」作品であると語っています(注)。確かに、本作独特の描写が肌に合わない方も一定数おられるかと思いますが、こればかりはもう各々の感受性の問題ですので割り切って鑑賞するほかありません。作品のクセが強い分、ハマる人にはハマる作品であるといえるでしょう。

(注) https://www.rollingstone.com/movies/movie-news/terry-gilliam-looks-back-brazil-will-be-on-my-gravestone-241510/ (2020/07/12閲覧)
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