オトマイム

すべて売り物のオトマイムのレビュー・感想・評価

すべて売り物(1968年製作の映画)
4.6
ワイダ監督お気に入りの俳優、ツィブルスキが39歳の若さで事故死してその失意の中から生まれた作品。作品全体が大きな悲しみのカプセルに包まれているような感じがした。

映画撮影初日に主演俳優が現れない。スタッフ・キャスト一同気を揉む、方々探す、それが映画の前半。 俳優の死が発覚したのち新たな主役を立て撮影を再開する後半。劇中劇との二重構造ではあるがその境目ははっきりせず曖昧模糊としたファンタジーのよう。

主役の彼とはいったいどんな人物だったのか?誰かが彼を語るにつれそのキャラクターは暗闇に紛れ込み不明瞭になっていく。この「顔を見せない主演俳優」は既に名前を失っているのだ。
そして監督の失意、妻と元妻の確執、新たな主演俳優の葛藤、それらが徐々に膿のように滲み出て、悲痛な心の叫びが見え隠れする。複雑な構成に心理描写を織り込む技はもはや世界遺産級の職人技ではないか。

すべて売り物。映画制作はすべてをさらけ出すこと。筋金入りの映画人だったワイダ監督の分身のような作品なのだろう。いつも端正な美しい構図で作品を撮る彼が、馬と一緒に疾走する新主役を捉えた、画面からはみ出さんばかりのブレたショット、カプセルを突き破りふっ切れたような、この躍動感あふれるラストショットにすべてが集約されているようだった。