【これを見る人、聞く人へ】
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督が旧東ドイツを舞台に描いたヒューマンドラマ。
〈あらすじ〉
1984年、壁崩壊前の東ベルリン。国家保安省「シュタージ」の局員ヴィースラーは、反体制的疑いのある劇作家ドライマンとその同棲相手の舞台女優を監視し、反体制の証拠を掴むよう命じられる。しかし音楽や文学を語り合い、深く愛し合う彼らの世界に共鳴した彼は、新たな人生に目覚めていく…。
〈所感〉
内容が内容だけに中盤までは少々息を飲む展開が続くが、ラスト30分の明快な答え合わせでベルリンの壁の如くモヤモヤが融解するあっぱれな作品。史実に基づいているというから凄い。私はベルリンの壁崩壊以前の東西に別れたドイツに触れる作品をこれまであまり見た事がなかったので非常に勉強になった。反体制的な行動・言動がシュタージによって厳格に取り締まられた監視社会の東ドイツでは、戦争期のユダヤ人迫害とはまた違った常に隣に危機があるといった緊張感が国民の間に流れていたのだろう。とりわけ、ドライマンをはじめとした何物にもとらわれない自由を標榜する芸術家達は常に薄氷を踏む覚悟であらゆる表現に臨んでいたはずだ。そんな彼の表現に心を動かされた一人の監視者がいた。その真実が無関係な我々の心をも揺り動かす。一つの対象を常に監視・観察することで過度に愛着が湧くという例はないこともないと思うが、ヴィースラーは国家に忠誠を尽くす冷徹な仕事人だ。そんな彼に限って起こりえないエラーが起きてしまった。一人の人間を体制やシステムによって根こそぎ支配できたとしても、その人の心までは支配できない。善きことを行う善き人の気持ちまでもは奪えない。そこに芸術という自由を指向するツールがある限り。ヴィースラー「これは私のための本だ」その通り。そして、「これは私たちのための映画だ」