フランケンシュタインの花嫁の作品情報・感想・評価・動画配信

「フランケンシュタインの花嫁」に投稿された感想・評価

e

eの感想・評価

3.5

怪物を創成するまでの過程や、
実験などちゃんとそれっぽく
魅せられるから惹き込まれる。

今ほど映画技術が整っていないであろう
時代にここまで惹き付けられるものを
作っていたと思うと凄いなぁと感じた。
な

なの感想・評価

3.9
異形のモノの悲しみ、分かり合えない悲しみ、そして童貞の悲しみまで盛り込んだ、涙なしでは観れない怪作だった。
ryosuke

ryosukeの感想・評価

3.7
最初に前作のおさらいをしてくれる親切設計。一応原作者との会話という体で理由がある形で見せる。
シネマヴェーラ所蔵の16mmフィルムということで、画質がぼやけていたのはまあ予想の範囲内だったが、文字がでかい手書き字幕のクセが読みづらくてちょっと参った。
翌年に公開されたトッド・ブラウニング「悪魔の人形」と同じように小人の合成が楽しめる。本作では海藻から作ったという小人だが、その合成は時代を感じさせないレベルの高さで、ジタバタしている小人をピンセットで持ち上げて動かすところなど凄い。
フランケンシュタインの怪物は取り付けられた鎖の拘束器具を即座に破壊し、外でこれで一安心みたいな会話をしている群衆の光景はすぐにパニック描写に変わってしまう。前作よりも太刀打ちのできないモンスター感が増していた。
前作から一貫して、主人公サイドは人の手による生命の創造は神に対する冒涜なのだというモラルを前提にしているが、怪物と交流をする盲目の男は神が友人を与えてくれたのだと述べ、二つの解釈が衝突する。どちらが正しいとも示されないが、前作も本作も、神に背いたからではなく人の異質なものへの無理解、不寛容こそが悲劇を産んでいるようには見える。
タバコをふかして”good“とご満悦な怪物が可愛い。前作より知能が格段に高くなった怪物は自らの創造主を把握している。怪物は「生 悪い、死 良い」という価値判断を有しており、そんな彼が自らに生を与えたフランケンシュタインの名を呼ぶシーンは、前作における対峙よりも怖い。奇妙な容貌のモンスターとはいえ、やっぱり内心こそが怖いのかもしれない。
怪物が怒り狂いながら傾いた墓標の並ぶ霧がかった空間を進み、木を引っこ抜いたり像をぶっ倒したりするシーンが素敵。やはりホラー映画では、現実世界とは違うどこかにふと紛れ込む瞬間が存在してほしい。
プレトリアスの塔の内部は一瞬前作のセットの使い回しかと思った。前作の風車小屋と同じように、高い天井の一階に入ると画面右側に石階段があり、そこを昇ると前作と同じような装置の並んだ実験部屋がある。燃えたはずの風車だが、結局ヘンリーは罪の空間から逃れることはできないということだろうか。
電気のエネルギーで命を与えるために怪物の素材が上昇していくシーンは前作にもあったが、凧、二人の男のクローズアップにダッチアングル、電気がバチバチしている謎の装置のカットが細かくリズミカルに重ねられてダイナミズムが生み出されており、前作のそれよりスペクタクルに改良されている。
そうして出来上がった花嫁だが、キエーッと叫んだり首をカクカク動かしたりするし、醜い怪物と違って美形だしで全然別物の仕上がりとなっており、到底仲良くなりそうもない。実際、同じ人造人間だからといって花嫁になるだろうなどというのは酷い偏見だろう。案の定怪物は拒絶され、哀しみの中で今度は自ら終止符を打つ。前作と同じように、やはり暗い狂気の塔は崩れていく。
主役ボリス・カーロフ、監督ジェームズ・ホエールによるユニバーサル怪奇映画の大ヒット作の第二弾。白黒スタンダード。
冒頭、嵐の夜、メアリー・シェリー(エルザ・ランチェスター)自ら続編を語り出す。ちなみに怪物の花嫁のクレジットタイトルは「?」だがランチェスターが二役を演じている。
「手」の映画である。怪物(ボリス・カーロフ)の登場は手からだ。ヘンリー(コリン・クライブ)が生きていたのも手がまず動く。怪物の花嫁が誕生するのもまずは手が動く。花嫁誕生は手が動いて目が見開く流れがゾクゾクする。本作では怪物が言葉を覚え、感情が生まれ、善悪を覚える。怪物の涙がその象徴なのだが感動的なのはやはり「手」だ。怪物が盲目の老人と友達になって初めて涙を流す。そして老人の背中を初めて手で触れる。ここが感動的だ。もう一度怪物が涙を流すのはラストの惨劇である。怪物が花嫁と対面する場面、ここも感動的なのは怪物が花嫁の手を触れるアップだ。怪物は第一作から手の位置が定らなかった。両手を上げて、手は宙を彷徨っていた。「手」はフランケンシュタインシリーズの重要な主題となっている。
本作では「高さ」も重要な主題となっている。冒頭、娘を亡くしたハンス(レジナルド・バーロウ)が地下水道に落ちる。そこで怪物が生き延びていた。怪物は山狩りで捕まり棒に貼り付けて縛られる。バタンと倒されて、そのまま運ばれるのが警察の地下留置場だ。頑丈な椅子に拘束されるが怪物はなんなく破壊して逃げる。プレトリアス博士(アーネスト・セシジャー)が若い女性の死体を盗もうとして隠れていた怪物と出会う地下墓場カタコンベも不気味だ。そしてクライマックスの花嫁誕生はもちろん時計塔で行われる。前作のラストで焼失したはずなのにいつの間にか再建されている時計塔は進化している。花嫁が宙吊りになるベッドの装置は複雑になって落雷と放電で生命が誕生する。本作の物語の節目が地下や階上に設定され、落下や宙吊りの垂直の運動が恐怖を煽っている。
「火」も重要な主題である。怪物は火を怖れる。第一作で村人達に山狩りで追い詰められた無数の松明、時計塔の炎上、怪物にとって火はトラウマだ。本作でも怪物は火を敏感に嫌うが盲人の老人が火を教え、怪物がタバコを吸う場面が可笑しい。本作のラストは怪物自らが大爆発を選ぶ。
ボリス・カーロフの怪物は第一作より動きが早い。表情が豊かで、話すようになり。涙を流し、相手に触るようになる。
盲人の老人とのハートフルな場面は本作の名場面である。怪物が老人が奏でる音楽に誘われて小屋を訪れるのがいい。本来、怪物はどこでも入ってくる。ゾンビみたいだ。扉が鍵かかっても壊して入ってくる。それがこの場面は音楽に誘き寄せられていくのがいい。そして目が見えない老人は喋れない怪物に「奇跡の人」みたいに言葉を教える。パンと葡萄酒を与え、神の存在を教える。そもそも怪物は第一作で間違えて凶悪犯の脳を移植されたのだった。それがこの場面で善悪を覚える。なかなか良く物語が構成されている。
プレトリアス博士の縮小人間の実験はトッド・ブラウニングの「悪魔の人形」を彷彿とさせる。
本作は大邸宅が多い、セットが大きいのも特徴だ。
なすび

なすびの感想・評価

4.0
なんでこんなにおもしろい続編作れるんだよ笑 出てくる人たちの顔の強さがやばい。まじ顔だけで人をびびらせることができる面々を集めてきた。でもやっぱりボリスカーロフはその中でも群を抜いて怖い、おそろしい顔・動きで最高だ!!!

フランケンシュタインの花嫁、誕生したはいいが活躍はほとんど見られず城や怪物もろとも破壊されてしまった?ラストはなんか適当な感じしたけど、まぁ短く収まってるからいいかっ!

それにしても、原作にある挿話や台詞をちがう形で差し込むのがうまい笑 一作目然りかなり原作と話を変えてるのに、いやな感じがしないところはそのためか。あとむしろ原作よりも怪物に対する憐れみがわく😢

ほとんどすべてのシーンが怖いのすごい
ぴよ

ぴよの感想・評価

5.0
(16mm)
山小屋の老人との挿話が秀逸すぎる。
続編の方が人間のエゴと被造物としての悲壮が顕著。

19世紀初頭にこれ書いてたメアリー・シェリーすごすぎ。
R

Rの感想・評価

4.5
映画『フランケンシュタイン』の続編だが、前作を上回る面白さ。
「フランケンシュタイン」原作者のメアリー・シェリーに「貴方のような女性が怪奇小説の原作者とはね…」と話しかける男。
メアリー・シェリーが「普通の小説を書いても、面白くないわ。実は、あの続きがあるのよ…」と語って、本作が始まる。

そして物語は、前作のクライマックス場面から始まるが、実はモンスターは生きていた。村の人々に集団で捕獲されて牢屋に監禁されるが、つながれた鎖をちぎって牢屋を出て行くモンスター。
そんな折、プレドリアス博士なる男が、フランケンシュタイン博士のもとを訪れて、「新しい生命体を作りたいのだが、協力して欲しい」と頼むが、フランケンシュタイン博士は一旦は断る。しかし、結局、手伝うことに…。
また、モンスターは盲目老人と友達になるのだが、村人に見つかって逃げる。
……といった物語を経て、嵐の夜、プレドリアス博士とフランケンシュタイン博士が女性モンスターに生命を宿らせることになるのだが……。

面白いのは、冒頭で語るメアリー・シェリーを演じた女優が、女性モンスターも演じており、凄い存在感を見せるあたり。

また、プレドリアス博士が小さな生命体を作って瓶の中に入れた場面の特撮は見事。

作品のアチコチで盛り上がり、クライマックスでも派手な展開になる面白い映画だった。
ちなみに、本作は書籍「死ぬまでに観たい映画1001本」に選ばれている。
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