TaiRa

トゥモロー・ワールドのTaiRaのレビュー・感想・評価

トゥモロー・ワールド(2006年製作の映画)
5.0
キュアロンの新作観た流れで久々に再見。ゼロ年代の名作。

人類に子供が産まれなくなって十数年後のロンドンを舞台にしたSF映画。最近改めてこの映画の影響力を感じたりする。『ブレードランナー』以来、連綿と続いて来た近未来観を久しぶりに更新した偉大な作品と言える。キュアロンも2027年の世界を「『ブレードランナー』ではなく『アルジェの戦い』のように撮りたかった」と語っている。技術だけが進歩して街は荒廃、移民問題やテロ、ファシズム、格差社会などが浮き出て来る未来世界。主人公が通行証の偽造を依頼する為に訪れた金持ちの家から見えるのは、テムズ川沿いに建つバタシー発電所と空に浮かぶ豚の巨大風船。これはピンク・フロイドの『アニマルズ』のジャケットを再現している(ちなみに2027年は『アニマルズ』発売から50周年の年)。このアルバムはジョージ・オーウェルの『動物農場』の影響を受けている事で有名。劇中のほとんどのシーンに動物が登場するのも関係して来る。また、その動物らは一様に主人公に懐いている。今作は他に『1984年』のディストピア世界観にも影響を受けており、オーウェル色が強い。愚かな人類が滅亡へと突き進む天罰として不妊がある。タイトルの『Children of Men』も旧約聖書の詩篇90篇からの引用。神の怒りによって40年もの間、イスラエルの民と共に荒野を彷徨ったモーセの祈り。「90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、"人の子よ、帰れ"と」「90:7 われらはあなたの怒りによって消えうせ、あなたの憤りによって滅び去るのです」人類への天罰が唐突に終わり、一人の少女が妊娠する。彼女を守る事が主人公に課せられた使命である。彼はかつて子供を亡くしている。その個人的絶望が人類の破滅と呼応している。人類の未来を守る為に新しい命を守る。赤ん坊の泣き声を聞いて「戦争が止まる」シーンの感動と、その後に戦闘が再開される愚かさの対比。未来へ繋ぐ為に犠牲となって行く者たち。主人公の名前セオ・ファロン(Theo Faron)はギリシャ語だと「灯台の神」という意味になるそうだ。新しく生まれた子供はディランと名付けられる。セオの亡くなった息子と同じ名だ。これがどこに由来するのか不明だが、この映画を観るとディラン・トマスの詩を思い出す。「あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない/老齢は日暮れに 燃えさかり荒れ狂うべきだ/死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ」
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