煙草をバカスカ吸う医者のおはなし。
六年間も想い続けてきた女に意を伝えられない主人公藤崎(三船敏郎)や、愛する者の意を解する事が許されない美佐緒(三條美紀)の名状し難き苦しみに、心が潰れてしまいそうだった。なんたる不幸。神はこの世にいないのか。
だがやはり黒澤明だ。人間を信じている。
不幸が藤崎を聖者たらしめたと云うが、それは偏に彼の人間性に依るものであろう。どれだけ理不尽に苛まれても、なお良心を絶やさずにい続ける人間性に依るものであろう。
嗚呼、哀しき闘いになお勝ち続ける逞しき精神の、なんと美しいことよ。
この世の中で誰にも気付かれずにひそりと独り、静かなる決闘を続けたる優しき猛者たちに、どうか幸多からんことを。