黒澤明と三船敏郎が2度目のタッグを組んだ、梅毒をテーマとする医療ドラマ。
太平洋戦争下、野戦病院での手術中に誤って梅毒に感染してしまった若い医師が、帰国後、その事実を恋人に告白できず、独りで苦悩する。
「忠告したはずだ、内地に帰ったら徹底的に治療しろ、人に不幸をばらまくな、誰のせいでもない、君の罪だよ。」
久しぶりの黒澤映画。これでやっと17作目。
当時不治の病であった梅毒の恐ろしさに警鐘を鳴らす社会派ドラマであると同時に、梅毒に感染した医者の男が、男としての性的欲望と人間として医者としての道徳的な良心との間で引き裂かれそうになる人間ドラマでもあった。
梅毒をうつされた藤崎と梅毒をうつした中田の対比。かたや、理性で欲望を必死に抑制し、医者として誠実に振る舞おうとする男。かたや、欲望のままに生き、妻にも子供にも無責任な男。二人が真正面から相対するクライマックスは、唯一大きな動きのあるシーンであり、社会悪を断じて許さない黒澤ヒューマニズムを象徴するようなシーンでもあった。
"婚前交渉は不道徳"という世界。このことを前提としなければ、藤崎がなぜこれほどまでに梅毒である事実をひた隠すのかが、さっぱり理解できない。現代人に受ける話では決してないだろう。
看護婦見習いを演じた千石規子のドラマも見応えがある。人生に絶望していた彼女が、藤崎を理解し、一人の女性として母親として力強く生きていく覚悟を決める。
『酔いどれ天使』と同じく、志村喬が三船敏郎と師弟関係のような父親役で登場する。最後の台詞「幸せだったら案外毒物になったかもしれません。」がずしりと重い。男という生き物が藤崎と中田のどちらに転ぶかは紙一重なのかもしれないと釘を刺しているようだった。
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