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歩いても 歩いてものbutasuのレビュー・感想・評価

歩いても 歩いても(2007年製作の映画)
4.0
怖い。家族、人間関係とはこのような気遣いと欺瞞に満ちたものである。しかしそれは大袈裟なことではなく多かれ少なかれどこの家でもある普通のことで、とりたてて注目すべきことではない。だからこそ、そこをあまりにドライに淡々と描いてみせた本作の怖さが際立つ。映画を観たというより、一つの家族を覗き見てしまったような感覚を味わえる。

この映画では基本何も起こらない。ただ実家に1泊帰省した様子を描いただけの映画である。にも関わらず登場人物の全てがリアルで、家族団欒状態なのに常に張り詰めた緊張感がありとても居心地が悪い。しかもこの家族、特に両親は"長男の死"に酷く囚われており、なんてことない日常会話の節々にその"死"の影が顔を出す。

言うまでもないことだが、とにかくこの怖さは圧倒的な樹木希林の存在感によるもの。彼女が発する一見害のなさそうな底知れない怖さは圧巻。息子が命を賭して救った男性に毎年の訪問を強いる怖さも勿論ながら、子持ちで結婚した嫁に対するあの怖さ。実の息子の分しかパジャマを買っておかない、など、とんでもなくリアルな描写に身震いがする。あちらこちらに挿入される細かい演出やメタファーも素晴らしい。

ラストはハッピーエンドのように締められていたが、自分にはそれまでの恐怖が凄すぎて全然響かなかった。石段を上る両親のシーンで終わってくれた方が余韻があったように思う。「次は正月か」という両親と「今回来たし正月はいいか」という息子夫婦。このぞくっとするシーンで終わらせても良かったのに。
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