垂直落下式サミング

身代金の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

身代金(1996年製作の映画)
5.0
航空会社社長が息子を誘拐され、犯人から200万ドルの身代金を要求される。夫婦はFBIの協力のもと、最初のうちは子供を取り戻そうと相手の言いなりに動くのだが、犯人グループはこちらと取引をする気がないと悟った父親は、逆に相手を追い詰めるために、とある型破りな行動に打って出て世間を騒がせる。事件と、その顛末を描いた誘拐もの。
ガンギマった怒り親父メル・ギブソン。自分が少し目を離した隙に子供を誘拐されたことに罪悪感を感じて、最初のうちは相手の言うことを何でも受け入れるが、圧倒的に優位な立場であれこれ要求してくる犯人の態度に次第にイライラをつのらせて、受け渡しも人質交換も失敗した時、ついにキレてしまう。ここが凡百の誘拐ものと違うところ。確たる勝算もないうちから子供を誘拐された家族のほうが、偉そうに犯人を挑発して攻めに転じていこうとするオハナシはみたことがなかった。
ハリウッドのNo.1クレイジーにかかれば、身代金のために工面した200万ドルは、犯人の首にかける懸賞金へと早変わり。さすがのメルギブ、倫理観がおヤバでいらっしゃる。彼の常軌を逸した行動に説得力を持たせてしまう演技もすごいのだけど、主人公はこれで一人息子にちゃんとした愛情を持っているっぼいので、かなり危なっかしくて感情移入できない。
犯人グループの構成員たちの人となりについても細かく描写されていて、兄弟を殺されて怒ったり、カップルの信頼に不協和音が流れ始めたりと忙しなくて、舐めてた父親がトンデモない野郎だったことに気付いてからは、どうにも落ち着かなくなっていく。
特に主犯格の男については、かなり用意周到な知能犯なのに、途中からメルギブの異常性に振り回されて続けて翻弄される様子がかわいらしい。ここで、僕の性癖のひとつ「余裕こいた人が予期せぬ事態にあたふたする姿」が堪能できて気持ちよかった。
お金持ちで社会的地位もある主人公をやたら煽ってくる犯人の電話は、天国と地獄方式のミスリード。富豪が被害者になる系の物語をみていて思い出すのは、「人生が上手くいってて幸せだからって、あんまり人前で幸せそうなツラをみせびらかすと、それを陰から妬ましそうに見てた不幸せな人が刺してきますよ。」っていう蛭子能収の金言。これを人前でハッキリと公言してしまうのは問題があるけど、「少しでも多くの人がなんかしらで嫌な思いすればいいのに」と、ニートしてると布団のなかで一日に三回ほど考えることがあるので、追い詰められた社会的弱者が攻撃的になるというイメージ事態は、あながち間違いではない人生観だと思う。
このように、恐ろしい誘拐事件の顛末を追う物語といえど、これも所詮は人同士の争いに過ぎないと、サスペンススリラーのなかでヒューマンドラマを描こうとしているのが特徴だ。
事件が一先ずの解決をみせた後で、メルギブが主犯格の男と相対して、その前で彼自信をクズだと罵ったり、計画に参加していた彼の彼女を侮辱してしまうシーンが印象的。一触即発といった具合に画面がピリつく。でも、ここで銃口を突き付けられて脅されても、相手の要求には全面的に乗らない強靭メンタルを発動するメルギブ。やっぱ凄すぎて笑うしかない。
世の中には、下手に関わると超面倒くさいことになるヤバい人間がいるから、悪いことはするもんじゃないですよと、そういう教訓を受け取った。ハリウッド娯楽作が表明する結論としてかなり際どいが、これでいいんだろうか?
ニューヨークの街を舞台に、富裕層に対する貧者の反逆という社会トライブの軋轢を題材として象徴させながらも、その上でやっぱり悪党は薄っぺらで卑劣で小賢しくて情がないのだとする主張をしていくところが、たいへん胆が据わっていてよろしい。こういうナヨナヨしてない映画が好きだ。
FBI捜査官たちの活動や、父親の行動に対する世論の盛り上がりなどは大胆にカットして、父親VS犯人の勝負の行く末を描くことに終始する思い切った編集もいい。この頃のロン・ハワードは、めちゃくちゃヤル気があるな。