穂洋

市民ケーンの穂洋のレビュー・感想・評価

市民ケーン(1941年製作の映画)
4.5
「バラのつぼみ」という言葉を残して亡くなった新聞王ケーンの生涯を、それを追う記者が取材した関係者の証言から回想形式で描いた作品。ディープ・フォーカス撮影を駆使した三次元的な画面構成、極端なロー・アングル、重なり合う音、そして自由に動き回るカメラの長回しによるダイナミックな演出が観客の目を奪う。それまでの映画を縛っていた平面的な空間からの解放であった。「市民ケーン」の中でも圧倒的な成功を収めた技術として、ディープ・フォーカス(パン・フォーカス)が挙げられる。これは画面の手前から奥までピントの合った映像のことであり、焦点深度の深いレンズで絞りを絞り込み、照明で強烈な光を浴びせた場合にのみ得られる。部屋の中の大人たちと戸外で遊ぶ少年時代のケーンが一つの画面に捉えられているロングテイクや、選挙演説をするケーンをライバルの候補が会場の最上階から見下ろすシーンなどがその例である。「市民ケーン」以前、特に1930年代の映画はシャープな映像を得ることを追求するあまりピントの合う範囲が狭く、どんな芝居も人物を平面的に動かすか、人物が動く度にカメラの位置を変えて撮影するしかなかった。しかしこのディープ・フォーカスによって、映像表現の幅は飛躍的に広がった。また、顔の一部分の極端なクローズアップや人物をあえてシルエットでとらえるような強調されたコントラスト、スモークを使った光の筋の強調といった、当時としては異例の映像表現も多く見られる。今や基本的な映画技法であるメディア・ミックスや特殊メイクも当時としては革新的な技術であり、これらは全て、映画に関する知識や常識を持ち合わせていなかった若きオーソン・ウェルズの大胆かつ天才的なアイディアによるものである。こうして後に数多くの映画監督に多大なる影響を与えることとなった「市民ケーン」は、第14回アカデミー賞で作品賞部門を含む9部門にノミネートされたものの、手にしたオスカーは脚本賞のみであった。これはケーンのモデルとなった実在のメディア王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの圧力によるものであったと言われており、アカデミー賞という祭典自体が公正性を欠いているという批判の根源となっている。
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