ピカル

スタンド・バイ・ミーのピカルのレビュー・感想・評価

スタンド・バイ・ミー(1986年製作の映画)
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【寄り添う話】

『スタンド・バイ・ミー』観ました。

1986年公開のロブ・ライナー監督映画。名作なので、ずっと観たかった。やっと観ることができた。

キャッチコピーを付けるなら「12歳の教科書」。
田舎町の4人の少年たちが、死体探しの旅に出るお話。たった2日間の、無邪気でかけがえのない冒険物語。

主人公は文学少年のゴーディ。
大人になったゴーディの回想によって、冒険はゆるやかに進んでいく。
これは、子どものための映画じゃない。
もう二度と戻れない青春時代を嘆きたくなった、大人のための映画だ。
そう気付くまでに時間はかからなかった。
大人になった私たちは、映画の中の幻想と、自分のやるせない過去との間で、迷子になる。
虚栄心を許すべき時は、今なのかもしれない。

ゴーディの親友・クリス。
クリスは家庭に問題がある。
いや、クリスだけではない。4人の少年それぞれに家庭の事情があり、それぞれに悩みを抱えている。
だから、いっしょにいるんだ。
クリスの言葉にはいつも真実が隠されているような気がした。特に印象的だったのは、ゴーディが
「“役立たず”だと言われた。僕はパパから嫌われているんだ」
と泣き出したとき。
クリスは
「違うよ、君を知らないだけだ」
と慰めた。
ゴーディの父を肯定しなかった。だからといって、責めることもなかった。
ただ、そこには「知らない」という事実があるだけだ。そう静かに諭した。

もしも、私が5人目の少年になれるのであれば、どんな言葉を投げかけるだろうか。
「僕たちの親は、あるいは僕たちの周りにいる大人は、僕たちのことを知らない、なにも知らないんだ」
クリスのように、事実をそっと伝えるだろう。それから、こんな言葉を続けたい。
「そして、僕たちは知りすぎているんだ。ずっとずっと広い世界を」

死体探しの冒険をしたひと夏など、誰もが経験できるものではない。
彼らは小さな田舎町で、広い世界を見た。
友だち同士である前に、ひとりの人間として、お互いに向き合った。
それが、彼らにとって心に寄り添うたったひとつの方法だったから。

映画『スタンド・バイ・ミー』ともう一度出会うのは何年後だろう。もしかしたら、もう二度と出会うことはないかもしれない。
だけど、この映画を、深夜の静けさと早朝の朧げな光の中で映画に寄り添った時間を、決して忘れることはないだろう。

エンディングでメインテーマである「Stand By Me」の曲が流れたとき、自分が大人であることをゆっくりと思い知らされた。やけに明るいメロディが寂しさを際立たせた。朝が近付いていた。映画はいつまでもいつまでも眩しかった。