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ミッドナイト・イン・パリのEDDIEのレビュー・感想・評価

ミッドナイト・イン・パリ(2011年製作の映画)
4.9
懐かしいあの頃に想いを馳せて。人の想いは贅沢だ。憧れは驚くほど近くにあるのかもしれない。無い物ねだりな現実とおさらばし、夢を現実へと変えてしまおう。
パリの街並みがこれほどまでに愛おしく恋しくなるなんて…ウディ・アレンマジックに乗せられた夢見心地な気分を永遠に味わっていたい。

自分にとって間違いなく価値観を変えさせられた作品。記念すべき2020年の自宅鑑賞100本目は本作のレビューにすると決めていました。
まず私はパリへの憧れは全くといっていいほどありませんでした。アメリカンスポーツが好きで、男同士の熱苦しい友情であったり、切磋琢磨するライバル心であったり、そんな物語に強く惹かれる性格。
美術や芸術にも疎く、ヨーロッパの艶美な風景など自分には似つかわしくない。そう自分に言い聞かせていました。

それがなぜでしょうか。本作はパリという街の美しさや文化がとても魅力的で、“憧れ”の気持ちの高まりを抑えることができません。
冒頭からセリフもなく、役者も配さず、パリの街並みと日常の音だけを約3分に渡って映し出します。これがパリという街のもつ魅力なのか、ウディ・アレンの撮影や演出の力なのか、作品を彩る音楽の力なのか、きっとそのすべてが要因なのでしょう。

物語の主人公ギル・ペンダーはカリフォルニア出身の売れっ子脚本家。ただ小説家の夢を抱きながら、妻のイネスとその両親と憧れの街パリへ訪れたことにより彼の運命の歯車が大きく変化していきます。
フランスの文学や芸術、特に1920年代の黄金時代と評される時代に想いを馳せる彼は、パリの街を散歩中に突如驚くべき体験をします。そう、自分が最良の時代だと考える1920年代のパリに降り立ち、当時を生きた文豪や芸術家たちと邂逅したのです。興奮を隠せないギル。

自分の憧れの人々が目の前に現れたら?気が気でないはず。その興奮醒めやらぬ感情を、オーウェン・ウィルソンが見事表現してくれています。彼の庶民的な風貌が相まって、その興奮の出来事を追体験しているような感覚に陥るわけです。
だけどもこの作品が教えてくれるのはそんな憧れの時代のいい部分だけではありません。

現代に生きていて今が最良の時代だと感じている人はどれほどいるでしょうか。多くは昔話や歴史の読み聞かせ、華やかな過去のいい部分だけを切り取って“憧れ”の気持ちが先行して、あの時代に生きてみたかったと思うこともあるのかもしれません。
それこそ少し前に鑑賞した『レ・ミゼラブル』のように、その街の華やかでいい部分だけ見てしまってはいないだろうか。
ギルは1920年代の偉人たちと触れ合いながら、アドリアナという絶世の美女と出逢い恋をしてしまいます。現代を生きる妻イネスと憧れの時代に生きる美女アドリアナどちらも愛してしまい、果たして自分の愛とは何なのかと葛藤にもがき苦しむわけです。
現代と過去を行き来して、1890年代のベル・エポックの時代に憧れるアドリアナとの恋愛を通じてギルは察するんですね。自分の信じる“良き時代”が何なのかを。

結末はきっと賛否あるかもしれませんが、幸せは背伸びすることなく、実は意外にも近いところに転がっているのかもしれないという希望を見出せるという意味で大好きな帰結の仕方です。

さて、本作はパリの街並みの美しさが魅力的である一方で、作品を彩る俳優陣がまた魅力的。特に印象的なのはエイドリアン・ブロディの演じるサルバドール・ダリでしょうか。ダリがどんな人柄なのかは知り得ませんが、完全にダリという役をモノにしていましたよね。
ほかにもフィッツジェラルド夫妻の華やかさが誰にも真似できないであろうハマり役。夫のF・スコット・フィッツジェラルドをトム・ヒドルストン、妻のゼルダをアリソン・ピルが演じます。
コリー・ストールが演じるアーネスト・ヘミングウェイ、キャシー・ベイツが演じるガートルード・スタイン、そしてマリオン・コティヤールが演じるアドリアナ。
決して芸術に造詣が深くなくとも名前ぐらいは知っているであろうパブロ・ピカソやマン・レイ、ルイス・ブニュエル、アンリ・マティス、ゴーギャン、ドガなどなど沢山出てきます。

現代キャストに蚤の市のとある店の店主ガブリエル役でレア・セドゥ、ギルの妻の友人で蘊蓄を垂れる放漫野郎ポール役をマイケル・シーン、そしてギルの愛らしい妻イネスをレイチェル・マクアダムスが演じます。
本作ではレイチェルですら憎たらしく見えます。私の大好きでキュートなレイチェルでさえも、ちょっと悪く見せてしまうウディ・アレンがまた憎たらしいです。

“雨の中のパリでも傘をささずに散歩したい”

そう思わせられる本作の素敵な物語の紡ぎ方は何度観ても心地良く、いかに背伸びせずとも価値観の合う人と付き合うことが素晴らしいかを再認識させてくれる傑作でございます。
やはりこの作品は年に数回は観たくなる。

※2020年自宅鑑賞100本目
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