三四郎

望郷の三四郎のレビュー・感想・評価

望郷(1937年製作の映画)
3.6
この映画、途中冗長だが見入る…。
カスバという無法地帯の解説から始まり、むーんとした熱気と臭い汚さ堕落快楽、各国の前世の落伍者の溜り場…こういったことがスクリーンを通して伝わってくる。
『モロッコ』に似た雰囲気かしらん。階段と坂と密集した迷路のような海を見渡す白き街。シチリアもこんな街なのかなぁ。カスバはアルジェリアだが。
あまり好きな映画ではないと思いながら見ていたが、ぺぺがギャビイを求めて、パリを求めて街へ下ってからのラストシークエンス、これが素晴らしい。
ラストシーン
出港直前、女が一人甲板へ出てきてカスバの街を見つめる。男は「ギャビイー!」とあらん限りの声で叫ぶ、しかし哀しいかな汽笛でかき消される…女は耳を両手でおさえ去ってゆく…。男は港の門である牢獄のような鉄格子にしがみつき、それも手錠をつけたまま、そして後ろの警官たちに悟られぬよう胸ポケットから折りたたみナイフを取り出し胸に刺す。彼の身体はゆっくりと鉄格子にしがみつきながら下がっていき息絶える。
女、港、船、海…ラストシーンでこの演出と舞台が揃っていて心揺さぶられぬ人がいるだろうか、いや、いないだろう。どんな映画だろうと終わり良ければすべて良しとなる。
ぺぺは町中の女から愛され、男からも慕われている。警官たちが彼を捕まえに来たときも、街中の仲間たちが戸を叩くという暗号で敵が迫っていることを報せる。街中トントントンという音が鳴り響くのだ。
圧巻なのは、女との出逢い。
女の宝石が光る。キャメラは、ぺぺの眼になり彼の視線の先を映し出す。腕環、首の真珠、紅唇、微笑の白い歯、瞳…ぺぺとギャビイはパリの街を言っていく。ぺぺは懐かしさでいっぱいになる。
腕環見てシナ定めをするが、彼はそれを奪わずギャビイに返し、腕環を締め直して手を撫で握ろうとする。彼はキラキラした腕環よりも彼女の手を奪おうとしたのだ。しかし、彼女はその手を引っ込めようとする。警戒しているのだ。続いて踊りながらギャビイは笑う。
「なぜ笑う?もし俺の女なら、訳も言わずに笑ったらぶん殴る」
映画解説では、このセリフを人生経験豊かな誇り高き男の証拠だと記してあった。なるほど。だがしかし、私はそれより笑った女に注目したい。彼女が笑ったのは、やはり誇り高きパリの女性だからではなかろうか。辺境の地であるカスバにくすぶっている、くすぶるしかないこの男を警戒していると、悟られたくなかったのではないか。
ぺぺはギャビイにキスしようとするが拒まれる。
別れ際、「お前…」と呼ぶが「“君”と呼んで」と言い返される。
街の女たちが嫉妬しながらギャビイのことを“ガラス細工みたいな女だね”と言うがなかなかどうしていい表現だ。

宝石で着飾った女。
「君といるとパリを想い出す」
キスシーンがうまい、首筋に接吻、女は目を閉じて頭を反らし恍惚とする。日本の女優にはできない演技だ。ドイツやイギリス、アメリカの女優にもできないかな?フランス女優らしい色香だ。
「いい匂いだ」
「メトロの?」
翌日、ぺぺの歌声が街中に聞こえる、陽気な歌声が。至極ご機嫌。しかし最期は嫉妬したカスバの愛人女に裏切られる。彼女は息絶えるぺぺに「許して」と言い残す。
さて、逮捕の機会を伺うアルジェリア人のある警官、賢いなぁ。

古き良きフランス映画でした。これぞ黒白映画の味わい。好みの作品ではないが、深みとほどよい重み。
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