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ブルーベルベットのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ブルーベルベット(1986年製作の映画)
4.0
 白いキャンバスに、絵の具で塗りたくったような晴れ渡る青い空、区画整理された敷地には白い垣根が立ち並び、黄色や赤色のバラが鮮やかに咲いている。真っ赤な消防車はゆっくりと住宅街を横切り、横断歩道で子供たちを誘導するおばさんの優しさが印象に残る。今作はノースカロライナ州にあるランバートンという名の田舎町を舞台とする。アメリカの田舎町ののどかな昼下がりの光景は、表層に50年代的なアメリカの家族の幸せをたたえている。だがその偽りの平和は脆くも崩れ去る。庭に水を撒く中年の男、その隣で戯れる犬、次の瞬間、発作を起こした中年男性はその場に突っ伏して倒れる。手放されたホースから出た水しぶきが宙を舞い、噛み付いて止めようとする犬もコントロール出来ない。やがてカメラは芝生の上の草むらに歩み寄るとそこには黒い虫の群れが覆いかぶさるように蠢いていた。父親の入院を期にジェフリー・ボーモント(カイル・マクラクラン)は大学を休学し、生まれ故郷である田舎町ランバートンに帰郷した。ある日、父親を見舞った帰りに野原を通りかかったジェフリーは、そこで切断された人間の片耳を発見する。草むらに無造作に捨てられたような耳には、ハエやアリなど有象無象の虫たちが集る。その様子はまるで奇妙なシュールレアリズム的世界にも見える。

 Bobby Vintonの『Blue Velvet』のオールディーズの輝きとは対照的に、今作で描かれた50年代的なかりそめの世界には、薄汚れた暗部が存在する。野原で人間の片耳を発見した主人公は、ウィリアムズ刑事(ジョージ・ディッカーソン)に渡す。夜、刑事の家を尋ねたジェフリーは、同家の娘サンディ(ローラ・ダーン)から、「この耳の事件はディープ・リヴァー・アパートに住む歌手がかかわっているらしい」と聞かされる。翌日のスロー・クラブ。大学を休学したジェフリーは歌手ドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)のこの世のものとは思えない退廃的な美貌に魅了される。ドロシーが官能的に歌う『Blue Velvet』はBobby Vintonのオリジナルとはまるで違う。卒業生と最上級生の恋は、絶対に近付くなと言われたリンカーン通りの静寂に掻き消される。青いベルベットを窒息するほど口に含んだフランク・ブース(デニス・ホッパー)の常軌を逸した変態性は、女を知らないジェフリーと合わせ鏡のようにも映る。青年はある日突然、片田舎の漆黒の夜の闇の中に連れ出される。フランクの絶叫とマッチで灯された光、ボンネットの上でゆさゆさと揺れる巨漢女とドロシーの勃起した乳房、夜の世界への案内人となった腐った片耳。まだまだ初々しさの残るローラ・ダーンの絶叫シーンは今だに語り草となる。フィルム・ノワール的な物語構造を持つ今作は、昼と夜、光と闇、正常と狂気、日常と非日常がゆっくりと位相を変える。物語は解決するものの、漂白されたような奇妙な薄気味悪さに打ち震える。
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