蛸

暗殺の森の蛸のレビュー・感想・評価

暗殺の森(1970年製作の映画)
4.8
すべてのカットが美しい、ほとんど完璧な映画。計算され尽くされた構図はカメラワークや動的なモチーフによっても全く破綻をきたさない、どころかその美しさを増加させる。まさしく「動く絵画」と呼ぶにふさわしい映像が全編にわたって展開される至福の113分。
光と影による巧みな演出や、衣装に至るまですべての面において突出したヴィジュアル。特に前半はムッソリーニ政権下の無機質なファシズム建築による、エッジの効いた幾何学的構図の映像が惚れ惚れするほど美しい。
すべてのシーンが印象的だが、個人的には特に列車の中で主人公が妻の告白を聞くシーンの、車窓がスクリーンのような効果を果たしているシークエンスが印象的だった。
教授の暗殺に向かう現在の主人公の姿と彼の過去とが交錯する展開は、多少のとっつきにくさがあるもののラストまで観客の興味を惹きつけてやまない。
過去のトラウマから「正常さ」に固執する主人公は結婚し、ファシズムに帰衣することで自身を正常さの中に置こうとする。かつて教えを乞うていた教授を暗殺することは主人公にとって父殺しを意味するが、それすらも成し遂げることができない主人公からはただただ無常感が漂う。時代に翻弄される彼の姿を通して、当時のイタリアの姿が浮き彫りになる。
主人公の妻と教授の妻の対比に見られるように、退廃的で甘美な女性たちの姿は、どこまでも情けない主人公と対照的だ。
全てが無に帰したかのようなラストシーンの虚無感と、エンドロールに流れる曲による余韻の深さよ。
オールタイムベスト級の一本。
蛸