滝和也

暗殺の森の滝和也のレビュー・感想・評価

暗殺の森(1970年製作の映画)
3.8
ファシスト=全体主義
トラウマ≒心の傷
光と色彩の魔術師
≒ヴィットリオ・ストラーロ

「暗殺の森」

監督ベルトルッチ、撮影ストラーロのコンビの映像の美しさ、カメラワークの流麗さ、構図、カット割はやはり芸術品ですね。その色彩の美しさは特筆に値します。蒼き夜、雪の森林、夕刻の列車内と舞台すべてが異彩を放ち、幻想的ですらある。

第二次大戦前夜、過去のトラウマから、自らに異常を感ずるもの、マルチェロ。彼は普通の女性との結婚、ファシズムへの傾倒で自分を保とうとしていた。反ファシズムでパリに亡命した曾ての恩師を探ることで情報を得ようとした彼はパリに向かう。だが情報収集の作戦はパリ到着前に暗殺司令となってしまった…。

全体主義の恐ろしさ、国家と国民の脆弱な関係を象徴するマルチェロ。ただ普通でありたいと言う願望から、流され、皆が信奉した全体主義に心の拠り所を見つけている。また普通の女性との当たり前の結婚もまたそうだろう。そこには恐らく真の愛はない。

全体主義、独裁主義とはある意味、心地良いものなのだ。誰かに任せてしまえば良い上に、皆が同じ考えになるからだ。だがそこには個性も考える自由もない。またこれが生まれるのは強烈な貧困や差別、苦しみつまりトラウマが必須なのだ。故にマルチェロの存在はイタリアと言う国家挽いては国民そのままとも言える。

故に悲劇は訪れる。

真の自由が無いもの、個を持たないものに真の愛は訪れない。また愛する人を守ることもできない。酷たらしくも、何もできないのだ。それはまた国を守ることができなかったイタリアへの皮肉でもあるだろう…。後半部はそれを表しているはずだ。

そして個を持つものたちは目覚めることができるが、すすんで個を捨てたものには征く道が見えない。そう今更なのだ。その今更を打ち込むベルトルッチのラストはまた悲観的で陰鬱だと思ってしまう。

マルチェロ役にジャン・ルイ・トランティニヤン。人生に流され翻弄される哀れな男を笑顔なく、巧妙に演じている。そして普通の存在にステファニア・サンドレリ。時にノイズとなる様な白痴的な魅力があり美しい。真の愛を象徴し悲劇を演ずる存在にドミニク・サンダ。マルチェロを助ける最後のチャンスを与える愛の女神だけに妖艶かつ神々しさすらある美しさ。この二人が踊るシーンは、二人の美しさ、ベルトルッチの構図、ストラーロの撮影が三位一体となり、凄まじい映像美となるのは当然でした…。

高度な政治的な背景とその比喩による作品への政治的投影、政治批判いや国民へのアイロニー、問題提起が素晴らしい作品だと感じました。

追記…でも解説書を読んだわけでもなくて飽くまでも私の素人考えだし…好きかと聞かれると微妙なんだよなぁ。趣味違いますからね…。