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お茶漬の味のろのレビュー・感想・評価

お茶漬の味(1952年製作の映画)
5.0

川沿いを、今日は下流に向かって歩いた。
前日の雨の名残で、黄土色に濁った水が勢いよく流れていく。
橋の欄干に顎を乗せてぼんやりしていると、ときどき車の振動で橋が揺れて、なんだかこのまま死んじゃいそうな気がした。

久しぶりに小津さんを観た。この映画は2018年の10月以来。
レンチンしたパックご飯にツナ缶と納豆と味のり、だしの素といりごまを振って、即席茶漬けを作った。
食べながら観ていると、なんだか4年前より腑に落ちるセリフばかりで、映画との距離がぐっと近くなった気がした。

バレそうなウソをこしらえて旅行にでかける妙子。
ひょうたん柄の浴衣を着た女4人、熱燗を飲みながら「すみれの花咲くころ」を歌う。
翌朝、旅館の池の鯉に餌をやる。
あら、あの真っ黒なのそのそした鯉、誰かさんにそっくりじゃない?
ほんとね~。鈍感さん、餌ですよ。ちゃんと食べないとお昼おなか空いちゃうわよ。あなたお鞄お忘れになって。ネクタイ曲がってるわよ。
はじめはみんなで大盛り上がり、だけど妙子は話の輪からすっと外れる。
自分から言い出したくせに、それに便乗した友人が夫を笑うと、なんだか急に面白くなくなる。
自分の気持ちに気付かない“鈍感さん”、夫のことをそう呼んでいいのは自分だけなのだ。
妙子はむっとした顔で、
「うちの旦那さまもどっか行っちゃわないかな。遠いとこ」
「遠いってどこよ」
「どこだっていいわよ。あたしの見えないとこ」

お見合い結婚をした妙子と、お見合いなんてまっぴらだと言い張る姪の節子。
「おばさまご自身どう?幸福だと思ってらっしゃる?」
「あたし幸福よ」
「うそだ。幸福じゃない、見りゃ分かる。おばさまとおじさまは合わないのよ」
「なにが」
「いろんなこと」
「合ってます」
「じゃあなぜおじさまにウソなんかついて修善寺いらしたの?あたし結婚したって旦那さまの悪口なんて絶対言わない。人前で旦那さまのこと“鈍感さん”なんて決して言いませんから」

お見合いをドタキャンした節子は、おじの友人とパチンコ帰りにラーメンを食べる。
「お見合い結婚だって、必ずしも悪いとは思えないがなぁ。だって問題は人間じゃないですか。相手次第ですよ。」
「だってなんにも愛情感じてないのよ」
「愛情はあとからだって湧きますよ。僕ならまず相手を見るなぁ。それでよかったらすぐ惚れちゃうな」
「ふ~ん、簡単ね」
「いいじゃないですか、簡単。僕は簡単主義だな」
「いやよそんなの。犬やニワトリみたい」
「しかしね節子さん、あんたね、一人で複雑がってますけどね、大きい神様の目から見れば、どっちだって同じなんですよ」

おとといの晩、あの人酔っぱらって帰ってきて、ねぇきみ、ねぇきみって部屋をたたくのよ。だけど寝たふりしちゃった。
あんたなんだかんだ言ってるけど、やっぱりどっか旦那さまのこと好きなのね。
夫にウソつかれてショックだったくせにそれには触れず、ご飯に味噌汁かけて食べるのやめて!と八つ当たりしちゃう妙子。
それでも夫は「奥さんに叱られちゃった」と少し嬉しそうに笑う。

妻が家出している間、夫は急遽ウルグアイへ。
見送りに間に合わなかった妙子をなじる友人と姪。
「もういいの」と強がりながら、「旦那さま何か言ってなかった?」と女中に聞き、夫の机に置きっぱなしのたばこの空箱を見つめる。

「きみ、いつ帰ってきたの」
「あなたがお立ちになって2時間くらいしてからかしら」
「そう。須磨どうだった?おもしろかったかい?」
「あたし、もうしないあんなこと」
「なに」
「あなたに黙って遠くへ行くようなこと」
「してもいいさ、きみらしいよ」

パンどう? ううん、お茶漬け。
お肉どう? ううん、お茶漬け。
あったよご飯、足りるかい?
お香の物、ぬか床どこかしら?
ぬかを洗い流す妻の袂を、濡れないように持ってあげる夫。
きゅうりを切る妻の手元を、「手、危ないよ」とのぞき込む。
しんと静まり返った夜更け、ひそひそ声で何度も顔を見合わせ笑いながら、お茶漬けの準備をする、二人きりの時間。
遠慮や体裁のない、もっと楽な気安さ。あたし分かったの、やっと今。
お茶漬けの味なんだ。夫婦はこのお茶漬けの味なんだよ。

素直になれず、本音と裏腹なことばかり言っちゃう奥さん。そんな彼女が愛おしくてたまらない旦那さん。
4年前は、お見合いを断固拒否するせっちゃんに共感していたけれど、今はそんな彼女のことが若く可愛く思える。
自分にない魅力を持ってるきみが素敵なんだと言える旦那さんかっこいいじゃん!って思ったし、「イヤだったことが、今じゃ何から何まで好きになっちゃったの」って言える妙子さんはやっぱり可愛い。
好きだった映画がますます愛おしくなった。すごく幸せだ。


( 2018年10月18日鑑賞時レビュー↓ )


「お互いウソつかない いいご夫婦だってあるわよ」
「ないないそんなの。もしありゃ、お互いすっかりあきらめてんのよ。うそつくのもめんどうくさくなってんのよ。そんなのから見りゃ、あんたんとこはいいほうよ」

お茶漬の味。
これはほんとうにかわいい映画、お見合い結婚したふたりがほんとうの夫婦になるまでのお話。あまりにもいとおしくておかしくって、さいごは泣いちゃったな。
ということで、「マイ・フェア・レディ」のオールナイトで踊れたら を聴きながらお届けします(#^.^#)

メルヘンなお部屋を持つ妻・妙子さん。
花柄の壁紙にソファ、レースが施されたランプ、東郷清治みたいな絵画が飾ってあるの。
そんな彼女はお友だちと旅行に行く。旦那さんにちょっとしたウソついてね。
泊まった旅館の窓から、池が見えるの。
それでまっくろな鯉を“鈍感さん”なんて呼びながらエサをやる。旦那がのそのそ泳いでるみたいでおかしくて、お友だちと盛り上がるの。

小津さんの映画に出てくる奥さんはいつも、女中さんみたいだった。立ち回るのがとても上手で慎ましかった。ハイカラで主張の強い女性はきまって独身だった。
それがこの奥さん、お友だちと野球を観に行く、黙って家出もしちゃう。
あれ!なんかすごく斬新だなぁ、とビックリうれしい気持ちになりました。

妙子さんの姪っ子・せっちゃんにお見合い話。
でもせっちゃんはイヤなのね、だからすっぽかしちゃう。
まるまる太ったブタちゃんのシルエット、“カロリー軒”の文字。
店内から見えるのは、向かいのパチンコ屋さん。
“甘辛人生教室 パチンコ”の提灯が照る。
「ゆっくりね、ゆっくり引くの。そうしたら当たんのよ」

客が一斉に立ち上がり波打つ競輪場、「ラーメンはおつゆがいいんだよ」と麺をすする若い男女、バヤリースのポスター、食卓に並ぶ俵型のコロッケ。
エンジンをふかす飛行機でさえ目新しくて、ウワ~!すごいなぁ!なんて、めちゃくちゃに感動。やっぱり小津さんの映画は、いつ観ても最新作なんだよね。


女中さんも、みんな寝静まった夜。
「おい、おひつにご飯これだけ。足りるか?」
「ぬか床あった。これ、何の野菜かしら」
お盆にお茶碗ふたつのっけて。
「おいしいわ」「うまいね」
ふふふと顔を見合わせ、さらさらとたべる。

「夫婦はこのお茶漬の味なんだよ」

( ..)φ

いつもスーツ姿の笠さん、今回はなんとパチンコ屋の店主!
チョビ髭にベレー帽、パチンコ台からひょっこり顔を出す様がなんともお可愛らしい・・・。そんな笠さんは、佐分利さんの戦友というキャラクターなんですよね。
戦後ようやく庶民の娯楽が普及してきた時代だったのだろうか、あれこれ想像が膨らみます。

固定だけじゃなく、スススーっと寄ったり引いたりするカメラワーク。
まるでフランス映画のようなスタイリッシュさと小津さんカラーが合わさった、とても魅力的な一本でした!
ろ