Jeffrey

1票のラブレターのJeffreyのレビュー・感想・評価

1票のラブレター(2001年製作の映画)
3.5
「1票のラブレター」

冒頭、空から投票箱が降ってきた。ふしぎの島の選挙の日。どこまでも青い海と空が続くペルシャ湾の島、キシュ島。リベラルな女の子、保守的な兵士、ー台の信号機、ルール、4年後の選挙、トラック、墓場。今、恋心動くイランの選挙を巡る物語が始まる…本作はイランの巨匠の一人、モフセン・マフマルバフが原案し、ババク・パヤミが監督、脚本を務めた2001年のイラン映画の傑作で、この度DVDを購入して初鑑賞したが素晴らしい。マフマルバフが参加したオムニバスの「キシュ島」のペルシャ湾に浮かぶイスラムの伝統的な美しい島・キシュ島でロケーションされた作品で、ユーモラスな一日の出来事を描いた一本だ。音楽にマイケル・ガラッソがいるのが胸熱。本作はシカゴで民主主義を忘れたブッシュ大統領はこの映画を見るべきと言う報道まで飛び出し、大絶賛されたとか。アメリカ公開では、ブッシュ対ゴアの大統領戦因縁のフロリダでプレミアム上映されたらしい。

本作は、民主主義(デモクラシー)と選挙と言う題材をイスラムの伝統的な島を舞台に2人の主人公の目線を通して描き、そこに淡い恋心を絡ませて面白おかしく映し出したは心癒される映画である。この作品初めて見て、すごく独特のリズム感がある映画だなと思った。気がつけば自分が映画の世界に寄り添っている感じがした。深い社会洞察を秘めた本作は、コミカルであり、ときには非現実的なシュールなシーンもあって非常に面白い。日本的な…物がなく、イラン的要素がふんだんにちりばめられている。そのエピソード一つ一つが優しさに満ち溢れている。そもそもこの作品はマフマルバフの短編ドキュメンタリーから長編へと変わった。その短編タイトルは"民主主義のテスト"である。監督はマフマルバフの勧めもあって、そこから自身のアイディアを膨らまし、色鮮やかなエピソードに富んだオリジナル脚本を完成させたのことだ。

マフマルバフは東方の伝説的な国におけるデモクラシーとは、チャドルをかぶった女の子が投票箱とともに、空から荒海に落ちてくるイメージなのであると言っていたそうだ。本作の中でも、東方の伝説的な国におけるデモクラシーの困難と矛盾が描かれている。女性たちの票を自分で入れてしまおうとする男、世の中を良くするのは神様しかいないと言い張る老人など、各エピソードにイスラム社会イランの民主化の実情が見ることができる。この作品は監督自身が、カナダで過ごしたと言う経験があるため、いわゆる西洋近代のデモクラシーとイスラム社会を知る中間に位置する人物のために、このような作風が作られたんだなと思う。だからこの映画がいかにイスラム社会を鮮やかに見せようとこれはイランの選挙システムについての映画ではないし、どこか特定の国の話でもないと言っているのが何となくわかる。どちらかと言うとラブロマンスの中に寓話的な風刺画が描かれていると感じられる。今思えばこのような作品は80年代の終わりから90年代にかけてイランの作品が大量に世界に絶賛され始めた頃に世に出る事は不可能だっただろう。このような作品は100%検閲に引っかかる。

ここ最近のトランプ、バイデンの米国の投票率などを見たり、日本の民主主義の現状をフィルターを通してみると、この作品がいかに選挙とは何なんだろうか、1票の重さとは、民主主義とは…と言うことが非常に伝わってくる。そーだな、一言で言うなら愚直なまでに信じる事の大切さを気づかされる感じである。キャストについて少し話したいのだが、監督は150人近くの人を応募したのだが、結局選挙管理員役の女性でこれと言うものがいなくて、映画には出たくないと言う学生の彼女を口説いて出てもらったそうだ。兵士役の男性もキャスティングとしていた人が気に入らず、彼の声を聞いたときに、彼だと直感して起用したそうだ。だからこの作品ほとんど素人の役者が出演している。監督はアラン・レネの「去年マリエンバートで」を見て映画を志し、トロントで映画を学んでイランに戻ってきたが、勉強したものは全く役に立たないことを思わされたらしい。だから自分自身で手法を見つけて取り組んだそうだ。前振りはこの辺にして物語を説明したいと思う。



さて、物語は空から投票箱が降ってきた。ふしぎの島の選挙の日。どこまでも青い海と空が続くペルシャ湾の島、キシュ島。いつもどことなく呑気な警備兵は、今日がいつもと違う日だと知る。選挙の日だ。空からパラシュートで、投票箱が降ってきた。その上小さなボートに乗って本土からやってきた選挙管理委員は、まだ若い女の子だ。今日の仕事は、彼女が票を集めて回るのを、軍のジープでお供すること。どうして男が来ないんだ、と兵士は文句を言うが、女の子はてきぱきと投票箱の準備をして、兵士の不服に取り合わない。選挙に慣れていない島の人たちから票を集めて回る選挙管理委員の女の子と護衛兵の青年のちぐはぐで微笑ましい道中が始まった。女の子は選挙管理員。一票で世の中が良くなると信じていた。青年は嘘だと言った。走る男性を見つけて、最初の投票者だ、と女の子が喜ぶが、あいつは悪党だから逃げてるんだと兵士は銃で威嚇。

ようやく捕まえたその男性に銃で脅かして投票させるのかと言われ、女の子はついあなたがいるとみんなが投票しないと兵士に皮肉を言ってしまう。へそを曲げた兵士は車を乗り捨てて帰ろうとするが、女の子に引き止められ、しぶしぶ引き返す。そこで隣の島から投票のためにやってきたと言う男が現れた。男のトラックには30人もの女性が乗っていて、男は彼女らは字が書けないから俺がみんなの分を投票すると言う。女の子は、投票は個人で秘密にやるものだと説明するが、なかなかうまくいかない。女達から、結婚は12歳になればできるのに選挙ができないのはなぜなのか、と問いただされても、その答えを見つけられなかった。海辺では洋上に浮かぶ船にまで投票呼びかけに行くが、そこで見つけたのは外国人に嫁いで違法に国を出ようとしている小さな女の子。2人はその子を島に連れ帰り、故郷の村へとジープを走らせた。到着した村は、お産の最中で、男達が出払っていた。男に聞かなければ選挙はできないと女たちは投票を断る。

そんな問答の最中に、赤ちゃんが生まれたわと言う声がし、選挙管理委員は思わず仕事を忘れ、普通の女の子に戻って、赤ちゃんを見に走り出す。次は、女大地主のバブーさんだ。投票を願い出るが、相手にされない。バブーさんがその土地一帯を見事に取り仕切っているのを見た女の子は兵士に、あんたの持論はどうしたと言われるが、彼女には選挙の必要がないのよと力なく諦めた。理想とは違う現実とぶつかりながら、女の子は一生懸命、投票を呼びかける。青年は優しい気持ちを抱き始めた。岩の下に票があると思って岩んどかしてみたら、4年前の票だったり、太陽発電施設の案内人は全能なのは神様だけと神様に投票されてしまったりの珍道中が続くが、だんだんと兵士は票集めに協力するようになる。さあ次の場所。すると、砂漠の真ん中でジープが停車。赤信号なのだ。車なんか来ないのに、馬鹿みたいと女の子が兵士に文句を言うが、法律のために1日歩いたあんたが法律を破るとはね、と兵士は律儀に信号を守ろうとする。

でも、信号は壊れていた。街に行くと、住民は墓参りに行っていて留守だった。何か買ってくれたら投票すると言う物売りを見つけたが、それはイラン籍のない外国人。街の人が集まっている土地に行くと、そこは女性立ち入り禁止。墓地の外にいた未亡人に投票を呼びかけるが、あなたは自分のために票を集めているのよと言われてしまう。恋より淡い思いが、空に消えた。もうすぐ午後5時。女の子が帰る時間が近づいてきた。青年は、少し名残惜しそうだ。女の子に彼はきいた。次の選挙はいつ? 4年後よ。年に3、4回やればいいのに。そうすれば、またすぐ君に会える、と言いたかったが、言えなかった。兵営所に着いてみると、どうやら、迎えの船はいってしまったらしい。がっくり肩を落とす女の子。そこで兵士は、僕も選挙しようと、声をかけた。しかし、兵士が投票用紙に書いた名前は、彼女の名前だ。

君のほかには誰も知らないから。それは、青年の不器用な恋の告白。その時、同僚の兵士がやってきて、迎えの飛行機が来たぞ、と告げる。女の子はジェット機に乗っていってしまった。兵士は、きっと眠れないからと同僚に話、また見張りに立つ。海はいつものように波を打ち寄せるばかりだ…とがっつり説明するとこんな感じで、マジディ監督の「運動靴と赤い金魚」や北野武の「ブラザー」などをヒットさせているソニーピクチャーズ・クラシックスが配給を全米で行い、話題を呼んでいた作品だ。




いゃ〜、冒頭の美しい暮色の空から飛行機でパラシュートが落ちて大きな箱が落下するんだけど、そこから物語が始まって、責任者と言う女性が船でやってきて、その島に居る群の護衛隊の男が、いきなり女性蔑視をし始めるのは笑える。なんで男じゃないんだから始まって、女が選挙のことを語るな的な対応で終始いるからすげーと思う。まさにイラン特有の文化が描かれている。この映画面白いことに、途中で逆転する場面があるんだよね。何が言いたいかって言うと、信号が荒れた地に一台現れるんだけど、今までいい加減だった兵士が、赤信号だから絶対に車は動かしちゃっいけないと言うんだけど、それまで生真面目だった女性が、誰もいないこんなところで法律なんて守る必要はないと言って車を発進させようと言うんだけど、ここでの2人の立場が逆転してストーリーまでもがひっくり返るターニングポイントとなっている。この映画はなんとも味わい深い。クライマックスのほろ苦い感じや、4年に1度の選挙を聞いて年にもっとあればいいのにとつぶやく青年兵士や、様々なキャラクターがまとを得ていることを言うのが面白い。

それにしても日本では政治への関心の低さがとんでもなく多くて、投票率の低下が常に話題になっているが、世界ではどうなっているんだろうとこの映画を見て思った。そこで調べた結果、世界の選挙投票率を見てみると、この作品が公開された年代で見比べると投票率がとても多い国はオーストラリアで、その次にシンガポール、チュニジア、カンボジア、インドネシアであり、投票率が低い国が、コロンビア、ニジェール、パキスタン、セネガル、ジンバブエであった。予備知識的に知っていて良いのかも知れない。そしてなぜこの作品が日本で公開されるときの宣伝文句にブッシュ大統領と言う言葉が出てきたかと言うと、当時アメリカ大統領選(フロリダの混乱)は凄まじいもので、少し話をすると、2000年アメリカ大統領選は、開票後の混乱で歴史的だった。

民主党ゴア候補、共和党ブッシュ候補。どちらが全米の選挙人の過半数を獲得するか。そのカギを握ってフロリダ州の開票結果をめぐって両陣営が法廷闘争を繰り広げ、ブッシュが次期大統領に確定したのは投票から5週間後の事だった事は政治に詳しい人なら知っているだろう。フロリダ州の開票結果は、ブッシュ候補が僅差でゴア候補に勝っていたが票差が極端に接近していたため、州法の規定で再集計へ。手作業による再集計を求めるゴア陣営た、手集計は違憲だと、それを阻止しようとするブッシュ陣営が訴訟合戦に突入。結局、12月12日に、連邦最高裁が、フロリダ州内全郡で手作業による票の数え直しを命じた州最高裁の決定には憲法上の問題があるとした上で、連邦法で定められた期限までに、再集計を憲法に則って終了することは不可能との判断を示し、これを受けてゴア候補が敗北宣言。ようやくブッシュ大統領が翌年の1月20日に第43代大統領に就任することが決まったのだ。

このフロリダの乱の最中にまさに「1票のラブレター」をキシュ島で撮影中だったパヤミ監督は、この騒動にヒントを得て新たに1つの場面を加えた。それがこの作品に出てくるワンシーンである。そしてイランの選挙権は15歳からで、イランの選挙権は、前回1997年の大統領選から15歳に引き下げられた。イランは世界で最も若年層から投票ができる国と言う事はイラン映画が好きには知ってる方も多いだろう。これには、イランが、80年から88年まで続いたイラン・イラク戦争(通称イライラ戦争)によって25万人の成年男子を失い、また人口増加政策による出生率の上昇から、0歳から14歳までの国民が全人口の34%(2000年調べ)を占める若い国であると言うことが影響していると言われる。革命路線を揚げるモハマド・ハタミ大統領が誕生した97年の大統領選の投票率は83%で、2000年に行われた総選挙も約80%の投票率。2001年の大統領選は、現職のハタミ大統領に対抗馬が当てられなかったため、67%の投票率となったが、イラン国民の選挙への関心は極めて高いようだと言うのがイラン内務省データから読み取れる。


そういえば、普段は思わないと思うけど、信号的なものって近代国家の象徴で、信号がたくさんあれば=近代国家的なものだと言葉で説明されれば確かにそうだなと思うが、普段はそんなふうに思わない。また、墓場に入れない女性の件もあるのだが、何人もの妻の分まで投票しようとする男が登場するところとか思いっきり一夫多妻な場面を見せつけられて、イラン映画でたまにこーゆーとんでもない奴が現れるから面白い。そんでそのまま幻想的なエンディングに移行するからなかなか面白いなと思う。それと今回のキシュ島って、前にマフマルバフの作品の時にも紹介したけど、超巨大なショッピングマーケット(確か中近東で最も近代的なお店だったと思う)がこの島にはあるんだけど、正直DVDのパッケージのような白い砂浜で美しい海が見渡せるのとは別で、ちょっと移動すれば砂漠のように乾いた土地ばかりで草木枯れていてまるで別の宇宙が重なり合っているかのような特殊な島だなと毎回感じる。

そもそも日本でこのような作品は作れない(内容的に)だって兵士と選挙管理委員の女性がとある島でコミカルな雰囲気を醸し出しながらロマンチックなコメディーを見せるんだよ。こんなの日本じゃなかなか作れないし想像もつかないよね。男は軍隊の兵士だから常に機関銃を手に持っているし、女性はリベラルでかなり自分のやっている事は正義のために動いていると確信しているようだし。しかもリベラル特有のダブルスタンダードが先ほども言ったけど信号のシーンで如実に現れるし、青年の保守的なイメージも頑固そのものだし、色々と摩擦を繰り返しながらもイデオロギーが滑稽なまでに入り混じり、淡い恋心を描いている。で、ここでメタファーというか監督の思いとして、イデオロギーとコンサバティブが一緒に混じり合うことができないと言うことを暗示しているような感じがする。これ言うとネタバレになっちゃうけど、結局男性の方が女性に好意を持つのだけど、女性は忙しくてそれに気づかない。しかし結局保守派と革新派が恋に落ちてしまったら最終的には悲劇的なものになってしまうんではないかという憶測がこの映画の隠喩になっているような気がする。少しばかり考えすぎかもしれないが…。でないとこの映画のロマンスの部分が台無しになってしまう。

そもそもイラン唯一の商業自由区であり海外からの観光客を迎えて開放的に見えるキシュ島だが、一方、島の生活に入り込めば、古くからの社会が生きていることが伝わる。先ほども音楽を担当したのはガラッソと言ったが、彼と言えば香港の鬼才ウォン・カーウァイの傑作の1つ「花様年華」の音楽も担当していて、日本の琴を使ってオリエンタルな響きをミックスしたサウンドでビジュアル的にシュールな要素を持った本作に非常に合っていてムードを高めていた。そんで、撮影監督は未だにVHSしか無く非常に残念なイラン映画の最高傑作の1つと私が言っているパナヒの「白い風船」やジャリリの「ぼくは歩いてゆく」のファルザット・ジョダットが担当している。
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