換気

ダンサー・イン・ザ・ダークの換気のレビュー・感想・評価

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セルマは純真で実直でどこまでもどこまでも慎ましい。
人間の卑しさだけが見事に欠如した人間の形をした天使のよう。

彼女は同じように天使に囲まれて雲の上で幸せに暮らさなくてはならない。世界の道理はそうでなくてはおかしい。しかしセルマは茨で覆われた暗黒の世界に産み落とされた。


彼女はつらい現実をひとり空想の世界でハッピーなミュージカルに変えてしまうけれど、ミュージカルの中で人々が仲良く幸せそうに踊れば踊るほどそれは現実との落差を予期させた。

もう空想の中で素敵な踊りを見せてくれなくていいから現実でもっと小賢しく人を欺いてずるく生きてほしいとさえ思った。



ビデオカメラのような荒い画質・揺れで撮られた映像は実際の記録映像のようなリアリティに溢れる。終盤のシーンはだからこそ臨場感でしかなくて本当にきつい。
実際の記録を目の当たりにした気分。
そんなものできれば見たくないのに、否が応でも直視させられる構図。それは観る者全員に向けられた試練でもある。

つらすぎる描写を直視した先に、
このような理不尽なことを人類はこれまで幾度となく繰り返して来たのだろうなという念に駆られた。

そしていまもなお地球上のどこかで理不尽な出来事が起こりつづけている。

人間の愚かさ、世界の構造の欠陥、イデオロギーの台頭、取り返しがつかないほどダークな社会に成り上がってしまった世界。救いはあるか。ジェフやキャシーのように他者に愛を捧げることができるか。

どこまでも残酷な寓話である。
換気

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