KKMX

しとやかな獣のKKMXのレビュー・感想・評価

しとやかな獣(1962年製作の映画)
4.2
「小生のテーマは敗戦と人間の生きる悲しみです」
(『川島雄三・乱調の美学』より)

 栄光なき天才・川島雄三晩年の作品。本人はかなり気に入っていたようですが、客入りはあまり良くなかったようで、失望したとのこと。

 内容はかなり面白かったです。悪人ばかりのガーエーですが、もろに人間の生きる悲しみが描かれておりました。主人公一家とヒロイン・美幸、そして被害者神谷には人間の生きる悲しみが滲み出ていたと思います。ブラックコメディとされてますが、悲しみが強いですね。


 主人公一家は詐欺で生計を立てており、当時の繁栄の象徴であった団地で暮らしています。父親は元軍人ですが、戦後は辛酸を舐め、貧困に喘ぎました。「あんなものは人間の生活ではない」という父親の切実なセリフ。その直後に家族の表情をこってりとカメラが抜きます。ここで、いかに貧困が厳しく、人間としての尊厳を削り取って行くかが伝わります。こういった深刻なトラウマが家族を犯罪に走らせる背景となっているのです。
 当時は朝鮮戦争の好景気でありましたが、その波には乗れなかったのでしょう。親父は息子と娘を使って、芸能プロや作家からカネを吸い上げています。ちなみに、息子が関わっている芸能プロも粉飾決算的なチョロまかしをやっており、同じ穴のムジナです。

 しかし、芸能プロの秘書・美幸はさらに上手の大物詐欺師です!美幸は息子からも芸能プロの社長からも、さらに税務署職員の神谷からも身体を使ってカネを吸い上げて、旅館を建てました。しかも神谷以外は叩けばホコリの出る連中なので、事件化しないと踏んでおり、根性も座ってます。


 本作で印象に残るのは美幸の凄みです。彼女は夫に先立たれたシングルマザー。現代だってシングルマザーの貧困率は高く、かなりシンドいのに、この時代はさらに厳しかったでしょう。女性が経済的に保証される仕事はかなり限られていたでしょうし、美幸自身そのような高度なスキルはない。そのような中で美幸は息子を育てていかなければならないのです。
 美幸の目標はブレません。息子と自分のために安全な城を持つこと。そのためには悪魔に魂も売り飛ばします。表面を見れば美幸は悪党です。しかし、そこには我欲よりも身を守って生きていく必死さを感じました。

 チョイ役ながら、神谷の悲しみも強烈だった。彼はものすごく無意味な人生を生きていて、唯一美幸との逢瀬に生を感じたのでしょうね。魂を焦がした相手が詐欺師という悲しさ。しかし神谷の人生で美幸は唯一の光だった。だからこそ、美幸を否定しない神谷の姿がまた悲しかった。彼の姿には生きる悲しみをより色濃く感じました。


 栄光なき天才・川島は、幼くして失った母や、戦死した兄、自らを蝕む難病等、死を目の前にして生きた人でした。彼は井伏鱒二の『さよならだけが人生だ』をモットーに生きたようです。戦争と死という、逃れられない暗い穴を見つめ続けた川島は、エンタメ作家として作品を乱発しましたが、本質は生と死を血肉化したアート作家だと思います。本質がアートだからこそ、エンタメとしても深みがあり、川島がこの世を去ってからもなお、ファンがぼちぼち現れるのではないかと感じています。

 ファンがボチボチなのは、川島は自分を出し切った真の作品を生み出せたのに生み出せなかった栄光なき天才だからでしょう。俺が言っているのは、もちろん『幕末太陽傳』の幻のラストのこと。
 生誕100周年の年ではなく101周年に特集が組まれたりするのは、いかにも栄光なき天才って感じで、なんとも川島っぽいです。川島もあの世で「シッシッシ…まぁ、そんなモンでゲス」とかこぼしているでしょう。
KKMX

KKMX