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しとやかな獣のakrutmのレビュー・感想・評価

しとやかな獣(1962年製作の映画)
3.7
息子に勤務先の芸能プロダクションの金を横領させ、娘に売れっ子小説家の愛人をさせて金を巻き上げようとする悪党一家の2日間を、一家が暮らす団地の一室を能狂言の舞台に見立てて描いた、新藤兼人脚本、川島雄三監督によるブラック・コメディ映画。ほぼ団地の一室のみで撮影されているが、その縦横無尽なカメラアングルが素晴らしく、川島雄三監督の最高傑作のひとつとも言われている。

確かにこの映像は素晴らしい。あらゆる方向から複数の部屋を俯瞰できるように撮影された様々なショットのおかげで、2DKという狭い空間であることを利用しながらも、広々とした舞台作品のような趣がある。個人的には能狂言に見立てるための太鼓囃子は耳障りだったが、心霊写真のように天井の角から隣部屋を観察するショットや、壁を隔てて隣どうしの部屋の様子を同時に映すなど、魅力が尽きない映像だけでも一見の価値がある。

また、当時の複雑な世相を反映している団地という設定そのものも、興味深い。戦前の家長をトップとする大家族から戦後の核家族へという、「家」制度の(ある意味で外部圧力による)強制的な移行を象徴するのが団地である。当時は団地での生活が中流家庭への入り口であるかのごとくもてはやされていた一方で、高層化によって同じ団地であっても格差が生じ始めたというのがこの頃であろう。本作は晴海団地という実在した団地を舞台にしているが、映画の冒頭でも語られるように、前田一家が住んでいるのはエレベーターのない初期に建てられた棟である。一方で、日本住宅公団による初めての高層住宅として10階建ての晴海高層アパートが建てられていて、そこに入居する家族との間に経済的な格差が生じることになる。よって、前田一家は雨漏りのするバラックから団地に移り住む(そもそも団地自体も彼らが自らの力で手に入れたものではないのだが)ことでステップアップしたわけだが、それはあくまでも一時的な仮の住まいなのである。言い方を変えれば、住居ではなく悪だくみのためのアジトであり、アジトを感じさせる高揚感や不安定感が縦横無尽なカメラアングルやショット、姉弟が見せるダンスなどで表現されている。そう考えていくと、経済的な上流階級を目指す彼らは、戦後の規範への強烈なアンチテーゼを表象しているとも言えるだろう。

このような優れた映画である一方で、あややを十分に堪能したいという動機で選んでしまったのが本作ということで、個人的には満足し切れなかったのは悔いが残る。確かにある意味では若尾文子が主役なのである(本映画のクレジットも彼女が主役としている)が、でもやはり前田一家が主役である。夫婦を演じた伊藤雄之助と山岡久乃の演技はさすがと言ったところで、特に、一家を裏で操っているような山岡久乃がイイ。(ただし、息子役の川畑愛光の演技がイマイチなのが残念。)なので、芸術性に優れた映画であることを知った上で観ていたら、もっともっと高評価を付けれただろう。
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