ビフォア・ザ・レインの作品情報・感想・評価

「ビフォア・ザ・レイン」に投稿された感想・評価

ざき

ざきの感想・評価

5.0
民族対立がメインテーマの3部オムニバス構成。
戦争シーンがあるわけではなく、登場人物の揺れる思いが時と民族を超えて描かれてる。
亘

亘の感想・評価

4.0
【止まない雨】
マケドニア(現・北マケドニア)の修道院。沈黙の行を続ける若い修道士キリルの元にアルバニア人の少女ザミラが逃げてくる。ロンドンでは北マケドニア人の写真家アレックスが愛人アンに北マケドニア移住を勧め、そのアレックスが地元に帰るとアルバニア系住民で幼馴染の女性ハナから娘を助けてほしいとお願いされる。この3つのストーリーはそれぞれ悲しみによりリンクするのであった。

旧ユーゴスラビアの北マケドニアにおけるキリスト教徒の多いマケドニア人とイスラム教徒の多いアルバニア人の民族対立をテーマに描いた作品。3つのストーリーから描かれるが、「メビウスの輪」ともいわれるようにそれぞれのストーリーが絡み合い繰り返す構成は巧妙。おそらくこれは”悲しみ・憎しみは繰り返す”というメッセージなのだろう。3つのストーリーとも悲劇を含み、それが終わるわけではなくて繰り返してしまう。宗教・民族紛争における対立の虚しさを示しているのだろう。

そして本作のタイトルの「レイン」もまた悲しみ・悲劇を表しているのだろう。それぞれのストーリーは登場人物たちの交流を描き、悲劇で終わる。つまり『ビフォア・ザ・レイン』とは”悲劇に至るまでの(わずかなヒューマニティ)話”ということなのだろう。

1. 言語
北マケドニアの修道院。葬式が執り行われて1人の女性が見守っている側をアルバニア人少女ザミラが修道院に逃げ込む。若い修道士キリルはザミラを必死にかくまい食料も与えるが、住民や修道士たちはアルバニア人の少女を異教徒として必死に捜索して追い出そうとする。ついに少女の存在がバレるとキリルはザミラと共に追い出されてしまう。しかしその後2人が丘を越えようとするとザミラの親たちが現れて口論の末にザミラを殺してしまう。そしてキリルは彼女を抱きしめるのであった。

本作でも最も構図のわかりやすいパート。修道院でまさにキリスト教色の強い地域にイスラム教徒のアルバニア人少女が逃げ込む。地域住民はもちろんザミラに否定的だが、修道士たちでさえ殺しはしないものの少女をかくまおうとしないところに対立の根深さを感じる。そしてザミラが善人に出会えたにもかかわらず同胞のアルバニア人に殺されてしまうのもまたこのパートの闇の部分。すべてを敵か味方かでしか見られていないのだ。キリルは唯一の光だった。

2. 顔
ロンドンの雑誌社。夫ニックとの離婚を考え始めた編集者アンは、愛人の北マケドニア人写真家アレックスから北マケドニアへの移住を提案されていた。アレックスから移住の決断を迫られるも即答できなかった彼女は、その夜夫ニックとレストランで話をしようとする。しかしその場で東欧系男性による無差別殺人が発生。夫ニックは殺されてしまうのだった。

本作の中で唯一マケドニア以外が舞台で、あまり民族対立の色を感じないパート。もしかしたらつなぎのようなパートなのかもしれない。1つ目のパートとのつながりでいえば、アンがザミラの亡骸を抱くキリルの写真を見ていること。そのほかにはあまりつながりを感じないように思う。そしてユーゴスラビアとのつながりも、アレックスの話とラストのレストランだろう。レストランの事件も詳細は不明で、東欧系の男性がウェイターとトラブルになり追い出される。その男性がマケドニア系なのかアルバニア系なのかもわからないが用紙や言葉からユーゴ系と想定されるだけ。とはいえバルカン半島での対立が遠くロンドンでも発生するという対立の根深さ・深刻さを表しているのだろう。

3. 写真
北マケドニアの田舎町。ロンドンから16年ぶりに帰郷したアレックスは地元住民から歓迎される。しかし幼馴染でかつて気になっていたアルバニア系住民ハナの元を訪れようとすると周辺住民からは良い顔をされない。何とか会うも白々しい感じだった。アレックスの感じた違和感はとある事件でより鮮明になる。友人ボヤンが殺されアルバニア人少女が犯人として町を挙げた捜索が始まるのだ。さらにそれがハナの娘と判明するとアレックスは娘の救出に挑む。しかし少女を逃がそうとしたとき、少女を狙った地元住民に撃たれてアレックスは亡くなるのであった。そして少女は1つ目のパートの修道院へと逃げこみ、そのわきではキリルがいるのであった。

本作の中でも人々の思いが複雑に絡み、また本作のポイントである”メビウスの輪"が明らかになるパート。アレックスは対立をフラットな目で見られているように見える。おそらくロンドン暮らしを経てリベラルな考え方を身に着けたのだろう。アルバニア系住民ハナとの間はアレックスゆえである。そしてボヤン殺しから宗教・民族でしか相手を見られない住民とアレックスの溝が生まれる。アレックスが同胞のマケドニア人から殺されるのは1つ目のパートとつながる。民族の対立はその周縁部にまで犠牲者を出してしまうのだ。

その後少女が修道院に逃げるシーンでいよいよ本作が"メビウスの輪"であることが判明する。少女は逃げ出せたものの、その後[1. 言語]として結局殺されてしまうのが観客から見えているからこそ観客は虚しい気分になってしまう。もしかしたらザミラが走るわきで起こる葬式はアレックスの葬式で、それを遠目に見る女性はアンなのかもしれない。そうしたパラレルワールドとも取れつつストーリーはつながり続ける。そうした意味で本作は単なる循環ではなく、歪みながら裏表なく延々と続く"メビウスの輪"なのだ。そして民族対立の悲劇もずっと終わらないのだろう。

印象に残ったシーン:ザミラが修道院に逃げ込むラストシーン。
akubi

akubiの感想・評価

4.5
地球のような月が夜空を覗いて、星たちがあまりにも美しいけれど、此処はまちがいなくわたしたちのいる星。いまでも毎日のようにひとのあたたかな血が流れ、尊い命が消えてゆく場所。
どうしてこんなにもひとは愚かなのだろう。
時は停滞し、同じ過ちが繰り返される。雨のふりはじめるその刹那、タイムループのような呪いの円環がまた、廻りはじめる。
雨が、憎しみも汚れた過去も、すべて洗い流してくれたらいいのに。
Tち

Tちの感想・評価

5.0
My camera killed a man.
見てるだけね=そうして私たちが生きる生を切り取るだけでいられていいね
アレキサンドルは見たものを写真という形に残すという時間、場を切り取る当事者であろうとしたけれど、それは当事者ではないのではという自己批判と戦ってきたのだろう。そして、沈黙したら俺自身が生きていけないんだよが示している通り故郷で出来事の当事者であろうとした結果が...岡真里さんが紹介していた理由に納得した
3部構成で、許されざる恋愛と異民族間の争いによってもたらされる悲劇の連鎖を描く。
マケドニアの荒涼とした風景の美しさが印象的。

第一話「言葉」の若い修道僧キリルはヤン・ファン・エイクの絵画から出てきたような雰囲気ある顔立ち。
夜の修道院の遠景はまるでおとぎ話のような美しいショットばかり。

マケドニアの寒村で、子供たちが亀を戦車に見立てて無邪気に遊ぶシーンがなんだかやりきれない。

あれ?最後はそんな風につながるの?
悲劇の円環構造は混乱するし、ちょっとやりすぎな感じもする。
好みの問題だろうけど、もっとシンプルに終わってもよかったと思う。
やりきれなさで溢れてるのに
景色がなんて美しいの
ルネ

ルネの感想・評価

2.0
1994年作品。  マケドニアでの民族対立をテーマに、3つの話のオムニバスで、最後が最初につながってループする構成。

賞取ったりしてるし深い作品なのだろうけど、歴史に理解の浅い自分には
退屈な映画でした。色々な動機や展開が腑に落ちないので、モヤモヤ
したまま終わってしまった。
chip

chipの感想・評価

3.8
身内であっても
家族であっても
兄弟でさえ、簡単に撃ってしまう。
なにが彼らをそうさせるか…
映像の中では直には描かれていないけれど。
マケドニアの荒涼とした風景の中、レンガと土壁の粗末な家が並ぶ村で…
下半身裸の小さな子どもが武器で遊んでいたり、大人たちが銃を構える姿を当たり前のように見ている子どたちがいたり…


カメラマンが
そんな故郷に帰って
なにを思っていたのか、
何かを変えられると思っていたのか…?
ただ、故郷に向かうバスから外を眺める彼の顔は笑顔でした。
疲れたとき、人はやはり故郷に帰ろうと思うのでしょうか。


三部構成
順不同だったんですね〜
重い作品ながら、美しい映像に魅かれて、2回観てしまいました。
タイトル
Before The Rain
の意味をずっと考えています。
ネムル

ネムルの感想・評価

4.0
久々に観た。

マケドニアとアルバニアの紛争を描いた映画。宗教、民族を巡り対立がおきても、結果行き着くのが同胞間の無為なる殺人だったりする。
しかし、マケドニアの荒涼とした景色が美しくてまいるな。
20世紀に起きた戦争のなかでもユーゴ内戦はかなり複雑な構造を持っているが、それを非常に上手く映画にできている。なにより制作されたのが、終戦後間もない時期であったのが驚きだ。三部制にしたのは大正解。それぞれが連関関係になっているのも面白いし、なによりこの構造こそ戦争を描くのには相応しいと思う。また、各部で必ず殺人が起きるのだが、それが同族同士のものであるのも興味深い。描くべきものを過不足なく描けている素晴らし戦争映画であった。
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