秋日和

鶴八鶴次郎の秋日和のレビュー・感想・評価

鶴八鶴次郎(1938年製作の映画)
4.5
「しかしなんだね、ああして並べておくと危ないね……」。映画の序盤に呟かれるこの台詞を聞いて、ハッとせずにはいられなかった。もしかしたら、その台詞の更に前、長谷川一夫と山田五十鈴が列車の中で「並んで」座っているシーンが用意されていたからかもしれない。そしてそのシーンは、二人が「並んで」いなければならないと言わんばかりに、互いの距離感を教えてくれるものでもあった。丁度、見えにくい位置にある黒子を発見することが出来るくらいに。
男の太夫と女の三味線弾き、二人併せて一組の新内語り、その名も鶴八鶴次郎は、舞台に上がる際は必ず隣に「並ぶ」ことになる。それは勿論当然のことだ。けれど、そのことがいつしか当然ではなくなってしまう予感に、この映画は充ちている。長谷川一夫の隣に「並ぶ」のは山田五十鈴であって欲しいと願いつつ、そうはならないだろうと思いながらただただ画面を見つめなくてはいけなかった。ある一組の男女がだんだんと近づいていく様が見事だった『乱れる』とは対称に、だんだんと二人が離れていく映画なのではないかと、ついつい思ってしまったのだ。
この映画で誰かと誰かが喧嘩をするとき、人は「並ぶ」ように配置はされず、「向かい合わせ」の状態になる。「向かい合わせ」になった二人は、例えば互いの言葉や物をぶつけてみせたりする。けれど、その状態を不幸であるとは思えない。本当に哀しいのは、たぶん、言葉や物をぶつけ合えないことの方である気がする。だから、石ころをポイッと投げ捨てる姿があんなにも切なく捉えられているんじゃないかな。
人を「並ばせる」為の装置みたいに映画の中盤でベンチが登場するのだけれど、その使い方が本当に素晴らしかった。人はどんなときに誰かの隣に「並ぶ」ことができるのか、或いは「並ぶ」ことができないのか……そういう思考が監督の頭の中で働いていたのかは分からないけれど(劇中の中でやたらと「並ぶ」という台詞が出てきたので、多分確信犯だ)、あのシーンにはこの映画の良さがぎゅっと詰まっていると思う。空白を埋め立てること/埋め立てられないことを濃やかに描く成瀬、やっぱり好きです。