RAY

バグダッド・カフェ<ニュー・ディレクターズ・カット版>のRAYのレビュー・感想・評価

3.8
“凹凸”


多くの方のレビューを読んで、観たい観たいと思いながら今になってしまった作品です。
それでも、いまこのタイミングで観ることが出来て良かったと心から思っています。

このレビューを書く直前に、(別の作品ではあるのですが)フォローさせて頂いている方のあるレビューを読ませて頂いたのですが、そこには「みんなの評価はすごく高い作品なのに、私には合わなかった」と書かれていました。
わざわざ何故そんなことを書いたのかと言うと、僕がこの作品を観て思った感想ととても似ていると思ったからです(この作品が合わなかったと言う意味ではなくて)。


夫婦喧嘩の末、夫の車を降りて砂漠の上を歩く巨体の女性。
今作のヒロインである、ヤスミンです。
辿り着いたのはバグダッド・カフェ。
そこでの出会いが、彼女と周囲を変えて行くと言うストーリーです。

僕がこの映画の中で大切だと思ったことのひとつは、冒頭の喧嘩のシーンです。
喧嘩のシーンと言うか、ヤスミンが喧嘩をしたと言う“事実”が大切なんじゃないかと思いました。
何故かと言うと、その後の彼女を見ていると、およそ誰かと喧嘩をする様にはまったく見えないのです。


喧嘩の話から一度逸れてしまうのですが、この映画の大切な要素のもうひとつは音楽です。
テーマ曲となっている「コーリング・ユー」の歌詞に“修理が必要なコーヒーマシンがある”と言うフレーズがあります。
実際、そんなシーンも劇中にあります。
また、この作品の最初のタイトルは「Lost and Found」だったそうです。
そう。“喪失と再生”です。


この重要なテーマは、冒頭の喧嘩や「みんなの評価は高いのに自分には合わなかった」と感じたことに対するひとつの答えでもあると思っています。

どんなに頭の良い人でも、分からないこともある。
どんなに穏やかな人でも、怒りを覚えることはある。
心の空模様は、晴天の時もあれば雷雨の時だってある。

このレビューのタイトルを“凹凸”としたのは、「人には合う人合わない人がいるから仕方ないよ」みたいな事を言いたかった訳では決してありません。
たしかに、人にはその人の芯みたいなものがあって、それが“凹”の人もいれば“凸”の人もいるのでしょう。
だけど、心の空模様は変わると書いた様に、人は常に凹凸を繰り返しながら生きている。
この映画はとてもゆったりと穏やかに描かれているのですが、彼女たちに起こったことは“奇跡”に近いものであるとも思います。
誰かと一緒に日々を過ごして、だけどお互い不規則に凹凸を繰り返している筈なのに、何故かぴったりと収まってしまう。そんな奇跡。

すべての人や物事とそんな奇跡が起こり続ければ良いかもしれないけれど、そうならないことも面白さなのかもしれない。
だけどきっと、そんな“奇跡”と呼べるような人や物事といつか出会う。
ヤスミンもそうだった様に、歩くことできっと。
人生と言ったら大袈裟かもしれないけれど、普段は深く考えもしない日常について少しだけ感じることの出来る素敵な作品だと思います。


日々も、映画も、柔軟に。


観て良かった。
RAY

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