鉄塔武蔵野線の作品情報・感想・評価

鉄塔武蔵野線1997年製作の映画)

製作国:

上映時間:115分

ジャンル:

3.7

「鉄塔武蔵野線」に投稿された感想・評価

ちくわ

ちくわの感想・評価

4.8
まだ自分がこの映画に出てきた伊藤淳史くらいの年齢のときに初めて観て、20年近く経って改めて観返してみたら、何か大切なものを幼少期に置いてきてしまったという寂しさが込み上げてきた。
少年がたまたま興味を惹かれた対象が鉄塔のその先であっただけで、この川の最上流はどんな場所なんだろう、この道路をずっと直進したらどこに行くのだろうみたいな、身の回りに点在していた好奇心は誰にでもあったと思う。大人になってしまった今、興味関心の対象を追いかける時間すら惜しくなり、そもそも身の回りの何かに疑問を感じ追求することさえしなくなってしまい、あのときの情熱を愛おしくさえ思う。
きっと劇中の伊藤淳史も、大人になった今鉄塔をひたすら辿ったあの夏のことを思い出して寂しくなることがあるんだろうなぁ。
鑑賞済。井上陽水の少年時代を頭の中で流しながら自身の幼少期を振り返り思い出し笑いする時以外に楽しかったり寂しかったりした幼少期の思い出を振り返るのにはやはりこういう静かな色の映画を見ている時が最高。
今こんな冒険したら熱中症で死ぬ
django

djangoの感想・評価

3.0
夏休み映画だね
もりや

もりやの感想・評価

4.2
夏ノスタルジー

このレビューはネタバレを含みます

幼い伊藤淳史がかわいかった。
畑も田んぼもずんずん入っていける子供らしさが羨ましい。
1号まで行けて良かったね。
権化じゃん
ngtd

ngtdの感想・評価

3.8
スタンドバイミー好きは見るべしな作品。
邦画な分、スタンドバイミーほどの抜け感はないけど、この作品独特なエモさは是非見てほしいです。
nisehukawa

nisehukawaの感想・評価

5.0
この映画は2005年頃の夏に見ました
評価は思い出補正されてます。

当時、中学生ぐらいだった気がする。
深夜2時ぐらいからの映画の再放送でテレビでやってたのを見ました

眠たいコンディションで1回しか見てない映画だし
当時、好きなジャンルでもなかった
見てる最中、ゲームする方がオモロイなって途中で頭では思ったが、

でも、何故か目が離せず、ずっと見てたし、この映画の事は今でも全然忘れられない

小学生の一夏の冒険、
小学生が裏山登ったとか、そのレベルのお話
1個も派手な事は起きないんだけど物凄く惹きつけられた

なんか、小学生の意識があるかないかの感じとか
小学生なりに色んな事を感じたりしたり、
児童文学的にモノローグを使って説明しようとしたり、
木漏れ日とか、青空とか、発電所の音とか、友情が芽生えてもいないただの連帯とか、迷いとか、恐怖とか、孤独とか、でもひたすら淡い感覚みたいな

とにかく、少ない出来事なのに、めちゃくちゃ、ばら撒かれてる感じがする。
多分計算出来ない

奥田民生の息子という、曲
とても良い曲だけど、あれは大人の目線で子供を見て、子供の心持ちに迫るような歌だ

児童文学含め子供についての何かの芸術はとかくそうなりがちだと思う

でもこの映画はレンズ越しに子供の目で見た景色が広がっていたような気がする
まだ夕陽がキレイとかそういう思考のない
無自覚な感じ、
僕は見た時に言葉に出来ない何かを感じた気がしたけど
言葉にするとそういう無自覚に走ってたあの感覚を思い出せる、って事なんだと思う。

忘れられないモノローグの1つに「そのとき僕にはそれが、一生で数える程しかない、幸せな時間だとわかりました」というのがある
中盤辺りで唐突に、言われます。
決め台詞や伏線でもなく、ただ意味もなく遊んでる時に、唐突に淡々と言われます。
このモノローグは劇中でストーリーに絡むような意味を持っていないのです。
だからこそ、この時の衝撃は凄い衝撃だった

こうやってこの映画は僕の中で美化されていくんだろうな、20年後にまた見たい。
中2の夏休み、深夜のブラウン管をザッピングしてる時にたまたま出会ってしまった。それ以来僕はどの映画が1番好きかと聞かれたら真っ先にこれを挙げ続けている。



小学校高学年の主人公、見晴が抱える自分を取り巻くものに関する複雑なやるせない心境、でもそれをまだ処理しきれずにただただ持て余してるだけのような状態を、映画初主演の伊藤淳史が青臭くもリアルな表現で完璧以上に演じていて最高。

夏休み、田舎、大人への階段というとノスタルジー映画としては役満、少年のバカ旅映画といえばそれも正解な訳ですが、それだけで片付けてしまうのはもったいないですよ。ホントに。



出会いと別れ、それとの折り合い、そういう人間の細かくて暴力的な機敏を、ただ悠然と佇む鉄塔が無言ながら半眼で見つめている。

鉄塔の下には見晴が居て、その奥には父が居る。足元の道はこれまでの沢山の不条理で出来ている。

こうなったら踏みしめて踏みにじって、とにかく前に進むしかない。立ち止まって飲み込まれる余裕なんてないのだから。



別になにかを解決したわけでもないし、状況が変わったわけでもないけど、与えられたルートではない一つの旅(だから旅行とは違う)を通して、自己とはなにかという部分に向き合い、折り合いをつけて生きていく準備を整えることはその先の(あらゆる形の)人生で起こる波乱を乗り越える上で重要な時期だ。

保健体育の教科書ではそのような期間をまとめて思春期と呼ぶ。この作品では少年の旅路を通してその成長が見事にパッケージされていく。

どうにもならない、正体さえわからない心を抱えながら鉄塔をひとつずつ追っていくこと、その先で沸き立つ情動やハプニング、そして遡っていく鉄塔の数々を通して、自分の気持ちの正体とも出会っていった見晴。

その姿はまさに中2当時のやんわりと鬱屈していた僕自身の代弁者であり、そして現実を変えるきっかけになるかもしれない理想像でもあった。鋭利なメッセージを突きつけられた夏の瞬間だった。

そして後に両親の仕事を継ぐことになる僕の一号鉄塔への旅がこの日始まった。
>|