NAOKI

ナイト・オン・ザ・プラネットのNAOKIのレビュー・感想・評価

3.8
男はタクシーに乗り込むと、とある病院の名前を運転手に告げた。
「はい、○○病院ですね…かしこまりました」
初老の運転手はそう返事をするとタクシーを発進させた。

初老の運転手はちらりとバックミラーで男の様子を見る。
思い詰めた顔で下を向いている。
「病院から誰かの容態が急変したとかいう知らせを受けたのかもしれない…」
そう思った運転手はいつもの世間話をするのはやめて黙って車を運転した。

途中の交叉点で信号待ちしいるとき客の男が顔を手で覆って泣きはじめた…

「お客さん…大丈夫ですか?」
「家に…さっき乗ったところに戻ってください」
「え?」
運転手は路肩に車を停めた…

「病院へは行かなくても良いのですか?」
「父なんです。私に会いたいと病院から連絡が…でも父は私が子供の頃…母と家族を棄てて家を出ていったのです。それを今さら…30年もたって会いたいなんて…どんな顔して会えばいいんですか?私はあの男の顔もろくに覚えてないし…憎んでると言ってもいい…運転手さん…戻ってください」
男はまた顔を両手で覆ってうつ向いてしまった…
運転手は黙って車を発進させた…

タクシー、世界中にあるただの交通手段である。しかし運転手と客が一台の車の中に目的地に着くまで密閉された空間に同居する…

時にはそこに色々なドラマが起こるだろう。
ジャームッシュが地球上の五つの都市の同じ時間のタクシーの中を切り取って見せてくれる。それは紛れもないジャームッシュ的世界なんだけど、それほど面白いことが起こるわけでもないのに、なんでこんなに面白いのか…どの都市の話も好きになってしまいました…あなたにも大好きになる話が見つかると思うな😁💦

おれは学生時代に地方の駅前の小さなタクシー営業所で電話番兼無線配車のアルバイトをしたことがあります。
冒頭の病院行きの男の話はこの営業所のベテランドライバーに聞いた話です。

タクシーはしばらく走って停まった…男は顔を覆ったままだ。
「お客様…余計なことかとは思いますが…私にも息子が居ます…あなたのお父上にどんな事情があったのかは知りません…ただ恐らく死を前にしてなぜ30年も前に棄てた息子に会いたいのでしょうか?なぜあなたの連絡先を知っていたのでしょうか?」
男は黙って聞いている。
「親と言うのはそういうものです…あなたに謝罪したいのか何か分かりませんが…恐らくただただあなたの顔が見たいのだと思います。親とはそういうもんです…」
「運転手さん…」
「あぁ!わたくし…戻れと言われていたのに間違って○○病院に来てしまいました!」
男は驚いて顔をあげると車の外を見た…○○病院の玄関の前だった。
「行き先を間違えたので料金も頂けません…早く…早く行ってください!」後部ドアを開ける…
男は我に返ったように車から慌てて降りると病院に駆け込んで行った。

「40年以上タクシー転がしてるけど、客の行き先勝手に変えたのも料金を貰わなかったのも…それ一回っきりだ」
初老のベテランドライバーはタバコをふかしながらおれの顔を見てニヤリと笑った…
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