めしいらず

ナイト・オン・ザ・プラネットのめしいらずのレビュー・感想・評価

4.8
5つの都市の夜を駆けるタクシーの運転手と客たちの、短時間ながらそれなりに濃い関わりを描いた5つの物語からなるオムニバス。

ロサンゼルス、19時過ぎ
如何にもやんちゃそうな女の子の運転手が、電話ばかりしている新人俳優スカウトの女性の目に留まる。人それぞれに思い描く未来像がある。降って湧いた千載一遇のチャンスをこの運転手がむざむざフイにしたかのように見てしまうのは世間様の勝手。彼女には整備工>ハリウッドスター。なりたい自分の姿をちゃんと理解し、それを目指して学び、日毎に近付いている実感は幸福な時間だろう。金銭や名声の多寡で人生の価値は測れないのだ。ちょっとしたことで浮かれたりせず、ちゃんと地に足つけて生きる人の姿は美しい。ウィノナのはすっぱな物言いの超超超絶的な可愛さ。クールにキメたローランズの存在感。そして夜は更けていく。

ニューヨーク、22時過ぎ
英語も運転もてんで覚束ないチェコ人運転手と、口は悪いが気立てが良くて不慣れな運転手に成り代わりタクシーを転がす客のにーちゃんと、そのもっと口が悪くてけたたましい義理の妹。運転手が醸す可笑しみと哀愁は元道化師ならではか。下品な言葉をまくし立てて罵り合う兄妹の険悪なムード(これはこれで笑わされる)が、間に柔和な運転手を介してしょーもないネタで互いを笑い者にするうちに次第に和らぎ、車内に奇妙な連帯感が漂い始めるのがたまらなくいい。別れ際の少しの寂しさもそう。三人の時には余裕からか美しく優しく見えていた街が、一人に戻ると途端に恐ろしげな表情に変わるリアル。運転手の行く末に幸多からんことを願って止まぬ。

パリ、28時過ぎ
白杖をついた女性客と、下らない質問ばかりして彼女をうんざりさせる黒人運転手。女の見えていない目に運転手の屈折したプライドやコンプレックスは易々と見透かされる。いつでも人を見下した様子だから、彼は誰からも見下されてしまうのだ。そしてヒーロー気取りの安っぽい同情をはねつけ颯爽と去ってゆく女の後ろで、彼女の予想通りに浅慮で早速しくじっている無様な運転手。皮肉なコントラストに気が利いている。

ローマ、28時過ぎ
一人だろうと客がいようと終始しゃべり通しの運転手が乗せたのは見るからに体調悪げな神父さま。運転手はこれ幸いとばかりに告解を始めるのだけれども、その内容たるや彼の破茶滅茶な性遍歴。あまりに強烈な懺悔に神父の具合はだんだん悪化していき…。これはまさにベニーニ・オン・ステージ!呆れ果てるほどに舌が回る回る。これまでに観た映画で最も爆笑させられたものの一つ。「街の灯」の拳闘、「お熱いのがお好き」のラスト、そして本作の運転手の懺悔は、個人的な喜劇映画の三大名シーン。神父の亡骸にサングラスをかけさせてスタコラ逃げていくラストの画のシュール感もたまらない。

ヘルシンキ、29時過ぎ
人生最悪の一日に酔いつぶれて眠る友を気遣う友人たちは、運転手に向かい彼が如何な悲劇の主人公であるかを何故か自慢げに語り聞かせる。聞き終えた運転手が訥々と語り始めた彼の人生の悲劇は酔っ払いのそれとは比べものにならないものだった。それを聞かされた友人たちが態度をたちまち翻す様が実に人間的で軽薄で他愛なくまた可愛い。彼らはさっきまで同情していた友を今度は罵りタクシー代を押し付け、運転手の肩を抱いて労い、まるで己は好人物であるかのように爽やかに去っていく。持ち上げたりこき下ろしたりと人の思いはあちらへこちらへと忙しい。そんなことなどつゆ知らぬ酔っ払いは雪の上に一人ぽつねんと座り尽くす。悲劇を語りながらやはりこれも喜劇である。そして夜は明けていく。

ジャームッシュ作品で一等好きな映画。生涯ベスト30以内にも絶対に入れたい一本。粒揃いの5つの物語は誠に甲乙付け難いのではあるけれども、1つだけ選ぶならニューヨーク編。点景として映る街の美しさや猥雑さも甚だ魅力的。どれもそれぞれのお国柄が反映されていて楽しくてしょうがない。特にイタリア編の…。
再…鑑賞。
めしいらず

めしいらず