ちろる

キネマの天地のちろるのレビュー・感想・評価

キネマの天地(1986年製作の映画)
3.9
映画と人生が交差する
全ての『映画を愛する人』に向けた、山田洋次からのあったかいギフト

舞台は昭和初期の蒲田撮影所。
活動写真が人々の最大の娯楽だったこの時代、無声映画から、トーキーへと移行する時でもあった。

浅草の帝国館で売り子をしていた小春が、監督に見初められて、あれよあれよと言う間に松竹の女優となる。
父と2人、貧しい長屋暮らしの小春にとって、まさしくシンデレラストーリーのようにもみえたが、エンターテイメント業界はそこまで甘くない。

突然抜擢された、台詞のない看護師役の端役でさえも上手く立ち回れずに監督に怒鳴られ、小春は映画女優への夢を断ち切られる。
しかし、助監督の島田が彼女を迎えにきたことから、小春は気を取り直して、大部屋女優から始めてみようと奮起する。

この時代の活動写真の生き生きとした製作風景が、山田洋次の映画愛のフィルターを通して描かれることで、より一層魅力的に映る。
ちょうど現代のテレビ制作とも似ていて、全ての監督がひとつひとつの作品に芸術的観点で作品作りをしていたわけではない。
どちらかというと、観客を飽きさせず、とにかく誰でも分かるような、そんな作品が量産できればいいと思ってる、そんな映画人も多かった。
そんな感性で映画作りをするのも、撮影所を運営する上ではある意味正解なのかもだが、島田はそういう映画作りに、辟易としていた。
もっと文学的な物語を芸術的に撮りたい、そういう彼の願いはことごとく却下され、意を決して書いたラブストーリーの脚本も、大幅な脚色を加えられて、喜劇にされてしまうのだった・・・。

そんな撮影所のあれやこれやを語る上で、山田洋次監督は、当時実際に活躍してた人々をこの映画の中に挿入している。
まず、なんといっても、緒方監督は小津安二郎監督だろう。
怒鳴り散らす他の監督とは一線を引いた、思わず「先生」と呼びたくなるような穏やかだが厳しい視点で映画作りをするその姿勢に思わずうっとりとしてしまう。
そんな緒方監督を演じたのは岸辺一徳さん。彼の奥からゆっくり発せられる声も含めてまさしく適役であった。
その他にも、島田の脚本を、大きく色つけて喜劇にしてしまう、堺正章さん演じる内藤監督は「喜劇の王様」と呼ばれた斎藤寅次郎監督。
松坂慶子さん演じた撮影所の花形女優、川島澄江は岡田嘉子さん。

山田洋次監督が蒲田撮影所に出入りするようになるのはこれよりずっと後、監督の憧れの時代の撮影所に、監督と一緒に迷い込んだようなそんな気持ちでワクワクドキドキ。
日本中みんなが映画に夢と希望を抱いていた時代にそれを受け止めてエネルギーを注いだ人たちのキラキラと輝く姿が眩しくて仕方なかった。
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