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地下水道のwtson322のレビュー・感想・評価

地下水道(1956年製作の映画)
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冒頭、砂利道を踏んで行進する人々の中で、傾いたピアノに触れる男の背広が目立つ。人物紹介から最初の爆撃シーンまで、ワンカットでスムーズに見せる技に舌を巻く。そうして幕が上がった悲劇はすでに予言されているのにもかかわらず、煤けた表情の奥で彼らの目はまだ絶望に抵抗している。
瓦礫の山と化したワルシャワの街は無骨な石灰色に染まり、乾いた発砲音と地響きが市民らを深い水面へと誘う。しかし地下への投降は即ち冥界への沈没を意味する。
前半とは打って変わって深い黒が画面を占める地下水道では、人々の不安、焦燥、怒りが増幅されていく。それは超現実的でいて、十人十色のロマンの表象でもある。例えば、極限状態の中でも音楽や詩的言語と生きることをやめなかった作曲家。中隊を守ることだけがエゴの支えとなっていた隊長。言葉の持つ強さは壁面に掘られた愛や、彼らにとっての桃源郷たる地名にもなる。
また、ハリンカとデイジー、2人の女性に与えられた役割は対照的ではあるが、信念に基づいて行動するという潔いヒロイズムは共通している。字幕版のデイジー(ひなぎく)という名前は、おそらく発音表記の煩わしさから原語を英訳したものを充てたのだろうけど、彼女の持つ花言葉「希望」に一縷の望みをかけてみたくなる。
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