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ファイト・クラブ1999年製作の映画)

Fight Club

上映日:1999年12月11日

製作国:

上映時間:139分

4.0

「ファイト・クラブ」に投稿された感想・評価

ONNE

ONNEの感想・評価

4.0
観た気になっていたが、見始めると『初めてだ〜』となり、ちょっと狂気じみた映像や精神状態となり、ラストは『そういう事か!』
タイラー・ダーデンがカッコ良すぎ!
lente

lenteの感想・評価

4.0
官能と憂鬱のエイリアン・リレー
デヴィッド・フィンチャー
8/15

デヴィッド・フィンチャーが監督第4作として世に送り出した『ファイト・クラブ』を思うとき、戦後思想界の巨人とも称される詩人で評論家の吉本隆明(1924年- 2012年)が若き日に詠った『廃人の歌』を僕は思い浮かべることになります。

ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ

吉本隆明『転位のための十篇』「廃人の歌」より。

1974年に生まれた僕は、生前の吉本隆明が時代の切っ先に立つ姿を見たもしかすると最後の世代かもしれません(作家の吉本ばななは彼の次女にあたります)。吉本にとっての「真実」とは、もちろんジャーナリズム的な意味での真実ではなく、「ほとんど全世界を凍らせる」ような真実のことであり「妄想」へとつながる真実でもあった。また妄想が妄想であるためには、個人を世界から孤立させるほどの力が必要となります。このことを廃人である(そうだ)と理解しながらも、止める術(すべ)をもたないほどに。

映画であれ何であれそれがどんな表現であったとしても、鑑賞者がこうした風景を持たなければ、ほんとうには観たことにならないのではないだろうか。逆に鑑賞者に対してこの風景を届けることのない作品は、本当の表現にはなっていないとも言えます。

ある映画作品に対して世評や人気とは逆行するように心奪われたことがある。けれどそこには好みの問題として片づけられない何かをはっきりと感じている。そうした体験をもつ映画ファンは皆こうした風景を持っているのではないでしょうか。またその瞬間にこそ自らがファンであることを知ることにもなる。



この映画の構造自体はたいへんシンプルで、女であれ男であれ「男性性」の本質に深く向き合ったことがあるなら、1つ1つの描写に何の迷いもなく頷けるように思います。つまり男であることの「身体性」が文明・文化や管理社会のなかで生きる「精神性」を追い越していく。シンプルにそのことだけを描いているように思います。

男という身体性について描いていないものは1つもないくらいに、映画の頭から尻尾まで本作には満ち満ちています。脳内をめぐるアドレナリン、睾丸のガン、闘争のなかに見出す滅私性、脂肪を売り物にする行為、カタストロフへの希求。

しかしながら本作が真に描いているものは、そうした「男性性」それ自身にはありません。僕(エドワード・ノートン)の中のもう1人の人格であるタイラー(ブラッド・ピット)とは、男性という身体性の強い気流であり、その気流がある日を境に精神性を追い越していってしまう。本作の見どころは、この「追い越し」にしかありません。

ですから資本主義への批判だとかマッチョ・ポルノがどうだとかいう観方は、この映画やデヴィッド・フィンチャーの作風を取り違えているように僕には思えます。僕にとっての全世界を凍らせる真実は、僕の妄想のなかでそう告げている。

ちなみに女という身体性が、精神性を追い越していくという作品も当然あります。すぐに思いつくものとしてはソフィア・コッポラ『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)がありますし、彼女のフィルモグラフィすべてがそうだと言うこともできます。またジェーン・カンピオン監督『ピアノ・レッスン』(1993年)も間違いなくそうだと言えます。

そして彼女たちが描く、女という身体性が心を追い越していく作品にそれぞれの作風の違いがあるように、デヴィッド・フィンチャーの作風の核心にもまた彼固有のものがあります。何かが何かを追い越す際に生じる、エアポケットのような心象風景。この映画のラストシーンがその風景でなかったとしたら、他にいったい何だというのだろう?

阻止できなかったテロ行為によって崩壊していく高層ビルは、作品の中では実際のビルということになりますが、それを暗喩のうちに鑑賞者が受け取るときにはまったく別のものとなります。また「僕」はタイラーを撃ち殺すことで、男という身体性が生み出す圧倒的に強い気流と一瞬だけ均衡する。

そのとき彼はほとんど無風のエアポケットのような場所に立つことになる。そしてエアポケットからカタストロフ(崩壊)を静かに見つめることになる。この風景は『セブン』でミルズが立った原野と同じ風景であり、デヴィッド・フィンチャーでしか味わえない固有の感覚がここには宿っています。

デヴィッド・フィンチャーがもたらすこの感覚は、吉本隆明の『廃人の歌』に通じる感覚に近く、またそれを受け取る僕たちのなかにも廃人である(そうだ)と理解しながらも、とめる力をもたないほどに妄想が妄想として働く気流が生じている。

その力こそをほんとうの意味での暗喩(メタファー)と言うはずですし、暗喩を暗喩として受け取る用意がない人間にとって、映画にはほとんど価値がないはずです。
C6H10O5n

C6H10O5nの感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

キレキレにイカれててこわくて格好いいブラピ!
自分も暗めの人間なので、主人公がタイラーと出会って自分を解放していくのは見ていてワクワクした。全部捨てて今だけを生きたくなる気持ち分かる。
とはいえ若干イカれ具合に置いていかれ気味だったけど、最後30分くらいで猛烈に面白くなった。そういう仕掛けだったとは…
もう一回見直したら色々気付くところが多そう。
大学生

大学生の感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

どんでん返しあるよと言われて見たから途中でオチがわかってしまって残念

しかし、オチが全てではないので今度からオチを知ってしまった作品は過程を楽しもうと思う。

序盤の色んな患者セミナーに参加するシーンが一番好き。アメリのような一人称語りがずっと続く映画は好みなのでそこは良かった

主人公の行動にちょい引き気味で見たのが良くなかったのかあまり刺さらなかった
でもスタバのことを揶揄ってたとこは共感した
初めて見た時からタイラーの虜で、タイラーの格好を真似したすぎるものの女の子だしなかなか勇気でなくてバスローブならお揃いにできる!と思って調べたら2万円くらいしたので諦めました
肉mikan

肉mikanの感想・評価

3.7
ガチンコファイトクラブだった
85
情熱的でカッコいい。ボクシングを始めたくなる。
かほ

かほの感想・評価

2.8
映画好きは見とけ見たいな感じだったので鑑賞してみた。いつかもう一回見直してみたいと思った。ブラピカッコ良い❣️
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