垂直落下式サミング

みなさん、さようならの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

みなさん、さようなら(2003年製作の映画)
3.7
父親を反面教師として生きてきたやり手のサラリーマン息子が、癌を患い余命幾ばくもない父が尊厳死を希望していると知らされ、最後に父親になんでもしてあげようとするヒューマンドラマ。
母親が間に立つことで、ようやく父親と息子は形だけではあるものの一応の仲直りをし、息子と語らうことで自分がどう死ぬかを現実と折り合いをつけながら命を天秤にかけていく。
先のない老人が宣告された死を前に何を欲するのかというお話は、胸を射つ感動作から悲惨な結末のものまで古今東西色々あるとは思うのだが、主人公は穏やかに、安らかに、さも当然のことのように自分の死を受け入れてはいるのだが、みんな死ぬって恐いし寂しいっていう心情がないわけではないというバランスが上手い。
偏屈な社会主義者で享楽思想家の父が、昔の仲間を自分の病室に集めさせ下世話なバカ話をする場面は、むしろ年甲斐もない言葉を吐き出すことで恐怖をまぎらわしているように思えた。友人に囲まれた老人が語る人生観には法も道徳も立ち入ることはできず、知性を持つということの強さや喜びといった彼等の信じる真実を無視することはできないのだ。
私も70歳くらいになったら、山河のように自然の法則と一体となって、自分の生き死にさえも当然のごとく受け入れられるんじゃないかと、つい最近までそんな風に思っていたのですが、実際はそんな仙人みたいにはなれっこない。歩んできた人生の薄っぺらさに耐えられず、ずっと屁理屈を吐き散らかし続けるんだろう。一番身近な死である老いへの恐怖は一生ついて回る。
尊厳死をあつかった作品には『海を飛ぶ夢』があるが、本作も死を受け入れる人間の思想は、我々にはどうも真似できそうにない。しかし、あくまでさらっと軽く描いているので違和感はまったくなかった。この人もう死ぬんだから形だけでも仲直りしましょうって虫がいい話だけど、そうでもしないと解決も進展もしない確執って確かにある。辛いな。もっと割りきれればいいのに。