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誰も知らない(2004年製作の映画)
4.1
 電車に揺られる福島けい子(YOU)と息子の明(柳楽優弥)はいったいどんな気持ちで車窓からの景色を眺めただろうか?マンションというには少し手狭な、アパートの203号室に引っ越して来たけい子は息子の明を伴い、隣家に挨拶に来る。引っ越し会社のトラックに乗せられたトランクの行方が気が気でない明は、荷台が開いた後、一目散に部屋へと運ぶ。信じられないことに、そのトランクケースの中ではゆき(清水萌々子)と茂(木村飛影)が干からびる思いで丸くなり潜んでいた。トランクケースに入れなかった福島京子(北浦愛)とは街で合流し、明は2DKの新居へと戻る。2DKの広い新居では、母親のけい子が「1.大きい声で騒がない 2.絶対に外に出ない」という2つの約束事を4人に言い聞かせていた。買い物のついでにチロルチョコを買うように茂から頼まれた明はやっとの思いで買って来る。その帰り道には段差のある急勾配の坂道があった。父親はいつの間にか蒸発し、けい子は父親違いの4兄弟を2DKのアパートに住まわせている。自由奔放な彼女は長男の明を頼りにし、自分は仕事だからと嘘を付いて新たな男の元へ向かう。今好きな人がいるからとベランダで明に呟いた母親の姿。朝方、彼女の左目を伝う涙の行方。まだ12歳の明は母親の気持ちを慮り、気丈に振る舞う。だが明くる日の朝、目覚めた彼の元に待っていたのは、母親からの置き手紙と現金10万円ほどだった。

 東京で1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件を題材とした物語は、事件の顛末を忠実には再現していない。父親が蒸発後、母親も4人の子供を置いて家を出ていき、金銭的な援助等を続けていたとはいえ実質育児放棄状態に置いたものの、3女は長男の遊び友達に暴行を受け、亡くなっている。その事件がきっかけで育児放棄の現実が明らかになったのだが、映画は明の行動をモノローグではなく、4人の子供たちのダイアローグで紡ぐ。酒の匂いを漂わせながら帰って来たけい子は「クリスマスには帰るから」と約束するものの、それから2度と彼らの元には帰って来ない。映画はほとんど照明を使わず、スーパー16mmで撮られた自然光のみで移ろいゆく四季の様子を、4人の子供たちの焦燥感と共に克明に記録する。母親の身勝手のせいで2DKに集められた家族はそれでもなお、母親の帰宅を信じて疑わず、家族=コミュニティに愚直なまでにこだわり続ける。KAWAIの赤いトイ・ピアノ、ベランダに転がされた真っ黒な泥団子、公園に落ちていた赤いボールと、カップ麺の鉢植え。年下の3人を束ねるように、父親を知らない明は父親のように振る舞い、時にタクシー運転手の杉原(木村祐一)やパチンコ屋店員京橋(遠藤憲一)の力を借りながら、何とか自活しようとする。だが幼い心は日に日に消耗と荒廃を繰り返し、退廃の道に染まりかけるが、その時も彼の心を支えるのは、幼い兄妹3人の笑顔だった。

 いじめられっ子の水口紗希(韓英恵)との奇妙な連帯とあまりにも陰惨な結末、大きな大きなホームランを夢想する明の夢は、1895円分のチロルチョコとピンクのトランクケースが現実に引き戻す。希薄になる家族の絆に対し、是枝裕和の目線は白黒つけることなく、グレーのグラデーションで世界を描く。そのあまりにも冷淡な目線と地に足の着いたロジックは、最新作の『万引き家族』とも地続きとなり得る。
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