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会社物語 MEMORIES OF YOUのninjiroのレビュー・感想・評価

会社物語 MEMORIES OF YOU(1988年製作の映画)
3.9
「よぉ!今の日本は俺たちが作ったんだぞぉ!」
些かくたびれたクレージーキャッツのメンバーとともに新宿の街を千鳥足で歩く植木等が、誰にともなくただ嘗てとは様変わりした東京の夜空に叫ぶ。

グッときた。
本作を観るのはこれで2回目だが、初めて観た時、私はまだほんの子どもだったはずだ。
今改めて観て確信した。これは子どもが気軽に観るような映画ではない。私に初見時の記憶が殆ど残っていなかったのも今なら納得。この強い哀しみ、幾層にも跨る重厚な遣る瀬無さ、ついこの間まで初等教育にすら躓いて泣きべそをかいていた甘ったれの子どもに理解などできる訳がない。これはクレージーキャッツの全盛期を知る、公開当時少なくとも20歳以上の人に向けられたメッセージ。そしてそのメッセージの普遍性は世代を超えて、今の世に大人として社会に立つ我々にも深く突き刺さる。
高度経済成長期の日本の世相を象徴する存在だったクレージーキャッツ。「大きいことは良いことだ」、「モーレツ社員」などという言葉と一緒に、戦後復興期から様変わりしてゆく日本の行く末に差す光のように、その明るさで庶民の心に希望を与え続けた。
70年代に入り、グループとしての華やかな活動は休眠状態に移行し、メンバーそれぞれが個別の活動にいそしむようになった。ちょうどそのころに日本の高度経済成長期は終わりを告げ、徐々に変わりゆく世相はエンターテインメントの世界も同様に様変わりさせてゆく。当のメンバーたちは勿論その後も変わらず押しも押されぬスターであったが、クレージーキャッツという集合体の存在と彼らの残した功績は、早々に過去のものとなって久しかった。
本作が公開された1988年はいみじくも昭和最後の年、昭和63年。かつて東宝のドル箱コンテンツであったクレージー映画で最後にメンバーが顔を揃えたのは1971年であることを考えれば、実に17年ぶりにクレージーキャッツ6人(脱退し、当時既に芸能界を引退していた石橋エータローを含めれば7名)全員が揃って出演。そしてこれがその最後の映画となった。

長年尽くしても、長年愛しても、報われないこともある。かつては「モーレツ社員」と皮肉交じりに呼ばれながらも誇らしく世界と闘った者たちの中には、正直さが裏目に出て家族同様に信じた仲間に疎まれる者、自らの不器用さに絡め取られて浮き上がることも出来ず失意に沈む者、昭和の終わりとともに多くの者は過去の遺物と疎まれて、世間の波に上手く乗れなくなった者は「社畜」という言葉で惨たらしく扱われる。
バブル景気に沸く時代にあって、その時代の流れという残酷さをこれほどまでに明晰に描く映画があったことに驚く。かつての世代のスターたちの差し掛かる老後を予知させる穏やかで愛すべき姿、そして彼らが唄った「無責任」節を誤認識し、文字通りを真に受けていつの間にか「本当に無責任」な社会を謳歌するようになった時代を見詰める彼らの哀しげな視線が交錯し、本稿冒頭の言葉の意味が実に複雑に、深く胸を締め付ける。クレイジーキャッツという稀有なスターが存在した頃を実際に知る人からすれば、これほど強烈なメッセージはあるまい。
そのメッセージを受け取った当時の世代は、平成という時代がまた終わる時、あの時のハナ肇よりも歳を重ねているかも知れない。時代が違うよの一言では済まされない現実。しかし、同時に時代が移り変わっても変わらないものは確かにある。ラストカットのハナ肇の視線の向こうに、我々は何を見るのか、世代を繋ぐということは、一体どういうことなのか。
当時40歳の市川準による、紛れも無い傑作である。
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