お早ようの作品情報・感想・評価

「お早よう」に投稿された感想・評価

KOME

KOMEの感想・評価

3.0
いいお天気ですねえ
prastic

prasticの感想・評価

4.9
間取りおんなじの建て売り住宅5軒のあいだのご近所づきあいだけで殆どできた映画。
テレビを買ってもらえなくてお父さんとケンカした子供の兄弟は、口をきかないという反抗に出る。

お父さんが「男のくせに、余計なこと言うな」と怒ると
「大人だって余計なこと言うじゃないか
おはよう、こんにちは、こんばんは、いいお天気ですね、どちらへ?ちょっとそこまで、」

今まで観た小津映画のなかで一番起伏がないようでもあるが、一番示唆的でクリティカルだという意味では、最も雄弁な作品かもしれない。
「言葉」そして「会話」についての自己言及を、会話劇の鬼みたいな話ばかり作ってきた小津がやることの意味は、大きいのではないか。

儀礼的な発話が社会で持っている意味
オナラや、タンマといったある種のルール逃れは、子供のみが持っている特殊な技法だと思う。大人には使えないコミュニケーションツール、発話が奪われてしまったときに、私たちは社会の居場所も失ってしまう。それが、近所の人たちの噂話におけるお母さんの位置(お母さんには弁解という発話の方法は奪われている)であったり、定年後のお父さんの居場所(働き稼いでいるという権力が発言に乗っている)につながっていくと思う。
お父さんがテレビを買うとき、奥さんに定年後の話をされて自身の孤独を自覚したようなカットがあった。本当に、テレビは子供のために購入されたのか?
無駄なものこそ大事だと言った英語の先生は、おそらく日々の挨拶の方を無駄なものだと言ったのだと思うが、実は、日々の挨拶こそ極めて実用的なツールなのではないか。その時、本当に無駄になるのは、、?

たくさん書けそうだけど一旦やめておく。
Hiromasa

Hiromasaの感想・評価

2.5
子供がおならをするとかいうのがギャグのつもりならさっぱりわからない。
杉村春子の主婦とか、笠智衆の父親とか、話の通じない人物が現れて恐ろしい。子供がねだったテレビを買ってやるというラストも不気味。これにユーモアや人情の温かみを感じる人もいるそうだが、小津という人は怖いほどのニヒリストではないかと思った。
何というか本当に小津作品は本当の人生を映しているなと…大袈裟なようで等身大なのです
yasumax

yasumaxの感想・評価

4.0
"モノ"に溢れている現代社会では考えられないテレビが"三種の神器"と呼ばれていた時代のリアル日常物語。
"隣組"なんて最近は死語ですが、舞台は高圧電線搭下の長屋の面々。
交差する人間模様が非常に面白い。
ノスタルジックな映像、そう天然色なんて謳い文句がピッタリな色使いが私的にはビビっときまくり‼
また近所のお母さん達の年齢層が高い…ってか老けていて若いのか?
ご近所さんの面倒苦さ恐るべし‼
あと、杉村春子さん家のバァさん怖~‼
劇中の子供たちのファッションがお気に入り。
ぺい

ぺいの感想・評価

5.0

このレビューはネタバレを含みます

終盤における駅のホームでのやりとりがとても好き。
「今日はどちらまで?」
「ちょいと西銀座まで」
「じゃあご一緒に」
「いい天気ですね」
「本当にいいお天気」
「このぶんじゃ二、三日続きそうですね」
「そうね、続きそうですわね」
「あ、あの雲面白い形ですね」
「本当に面白い形」
「あ、あの雲何かに似てますね」
「何かに似てますね」
「いい天気ですね」
「本当にいいお天気」

このやりとりは言葉の反復を繰り返すのみで、ここから得られた情報というのは彼が西銀座まで行くという情報だけ。
アイ・ラブ・ユーを連発する勇に対し、翻訳家のお兄さんは相手に対し大事なこと、愛しているということを伝えることができていない。でも「無駄なこと」のせいで想いを伝えられていないわけじゃない。
むしろ「無駄」なやりとりのおかげで、本音を伝えられずともこの暖かい空間が共有できている。
一切の無駄がない世界を想像してみると、どこか寂しくて息が詰まってしまいそうになる。
挨拶とか社交辞令みたいな「無駄なこと」こそが実際は人と人とを繋ぐ潤滑油になっていて、普段忘れがちだけど無駄なことって本当に無駄なのかなと考えさせられる素敵映画でした。
はな

はなの感想・評価

4.3
イサムちゃんがキュートすぎる
小さいとき「カップラーメン食べるとお腹に石が溜まるよ」って言われてビビってたの思い出した。笑
masa

masaの感想・評価

3.7
128本目
意味のない言葉、素敵やね。
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