めしいらず

サンタ・サングレ/聖なる血のめしいらずのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

想像を遥かに超えたとんでもないラストだった。主人公フェニックスがサーカス団にいた少年期に目撃した父母のセックスにまつわるいざこざと、その果てに起きた血みどろの事件の強烈過ぎるトラウマ。彼の中で性欲への罪悪感と死のイメージが結びついてしまう。心通じ合う唖の少女アルマとも引き離される。その日以来、彼は狂人となってしまった。彼の人生は壊れた蓄音機のようにその先に進めないまま。そして少年は青年となった。ある日街で見かけた元サーカス団員。フラッシュバック。あの日に父に切り落とされ両腕を無くした姿となった母との再会。二人を繋ぐ二人羽織の呪縛。母の過干渉。彼が性的欲求を覚える度に母が現れ繰り返される殺人。顔を白く塗られた死体の意味。母を拒む一方で強く求めてもいる。殺した女たちへの贖罪の念が歪な形をとって彼に見せる幻覚。彼が透明人間に憧れるのは、降りかかる人生の辛み苦しみを心が背負いかねて、もう消えてしまいたいと思うからだろう。彼が痛み切って絶望のどん底に堕ちた時、アルマが再び天使のように彼の前に舞い降りる。彼女は彼の今をたちどころに理解する。彼女が昔日と同じに顔を白塗りにして彼を待っていた意味。アルマは逃げずに狂人と対峙し、彼が囚われ見ている妄想の世界と現実の世界との間にある齟齬を一つずつ数えながら剥がしていく。そして彼がずっと抱え続けたトラウマから、母への執着から、ずっと抱え続けた孤独から、彼を解き放っていくのだ。彼の人生を決定づけたあの日の一場面。それは父に殺された母の酷い死体。受け止めかね消去していたその場面がフラッシュバックされる。つまりは彼の世界の殆どが狂気が見せていた幻覚であり、その中で犯してしまった殺人行為だけが現実だった。彼は母の死を初めて理解する。母だと信じていた物は母の姿を模したただの人形だった、彼はそれを窓の外に放擲する。妄想が現出させた者たちが去っていく時の複雑な寂寞感を何と言おう。そしてフェニックスが自分の手を彼自身の意思によって動かせたその時、遂に魂を取り戻しトラウマを深傷から癒えるのだ。彼のその先を私たちは知っている。現実に起こしたことは動かせない。だから癒えて尚悲哀はずっと消えずにあり続ける。それでも自分の人生の責任を自分で果たすことができるのは、彼にとって幸せ以外の何物でもないだろう。これは一人の男が自立を果たすまでを描いたビルドゥングスロマンだった。
フェリーニ的な道化への愛惜。アルジェント的な色彩感覚と残虐描写。丸尾末広や乱歩にも似たエログロと異形愛。寺山修司的な人間地獄。様々な作品のモチーフを勝手に彷彿としてしまうような強烈なイメージのごった煮。いつも通りにホドロフスキーに置いてけぼりを食うのだろうと思いきや、一気に全てが腑に落ちる感動的な終盤の展開が待っていた。原罪からいつまでも逃れられず、浅ましき所業を重ね続ける人間を見つめ、その全てに赦しを与えてくれるような慈愛のこもった眼差しが神々しい。哀しさと優しさ、美しさを湛えた奇跡のような結末に静かに圧倒された。その素晴らしさはとても私ごときでは言葉にし難いのだけれど、間違いなくこれまで観てきた全ての映画の中でも指折りのものとだけは断言できる。個人的バイブル作品になること必至。
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