次男

ヒューマンネイチュアの次男のレビュー・感想・評価

ヒューマンネイチュア(2001年製作の映画)
4.2
異常に毛深い女性・ライラは、自身のコンプレックスから文明を捨て森で暮らし始める。その後、彼女は再び街に戻り、ネズミにテーブルマナーを学習させる博士・ネイサンと出会う。
森へ散歩へ出掛けた二人は、そこで驚くべき存在と邂逅する。自分を類人猿だと思い(この表現は非常に不適切ではあるが)、森で暮らす男だった。二人は彼を研究室に連れ帰り、彼を次なる研究の対象とするのだった…。


◆◆


二回目の鑑賞。 文明と自然の優位関係を言及するのじゃなくて、あくまで優劣を差し置いた上での不可逆性を訴えているっていうところがこの映画の素晴らしいところだと思う。
上で「文明」という言葉を便宜的に使ったけど、コンクリートジャングルやら自然破壊やら無生物化みたいな所謂「文明」ではない「文明」を対照にもってきているところも、憎い。適切な言葉が出てこないが、理性とか理知とかマナーとか言葉も含んでしまおうか、行動様式的な文明、とでも言えるような「文明」。

そして何より皮肉なのが、それらの選択に関して確固たる意見と経験をもつ三人が、結局それらに翻弄されている滑稽さだろう。マナーを重んじ文明を教え込んだ者は、女性の誘惑に理性を失うし、野生について雄弁に筆を走らせその尊さを思う者は、文明と文明の生んだコンプレックスとに弄ばれ都会と自然を行き来し、文明の英才教育を詰め込まれ類人猿的人間は…言うまでもない。

以上のことやラストシーンの皮肉なジョークも含めて、この映画の本意を想像する。

「きっと、そうやって文明と自然とを比較し選択しようとする様こそ、エゴイスティックでナンセンスなんだよ。そんな議論や想定は無駄だと思うね。不可逆なところにいることを自覚しよう。言葉と様式を手に入れてしまった以上、僕たちにあるのは大自然とはまったく別の新しいフィールド、Human Natureなんだよ。」

原発の問題が重たくのし掛かる現在、この映画はまた深みが増して感じられた。 よくこんなに盛りだくさんで深い内容を100分程度で纏めたものだ。すごい。




(2010年のメモ)
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