Jeffrey

古井戸のJeffreyのレビュー・感想・評価

古井戸(1987年製作の映画)
4.0
「古井戸」

冒頭、ここは中国の山間にある水のない村。老井、犠牲者、美しい娘と青年、未亡人に婿入り、井戸掘りの事故、恋人同士、石碑、喧嘩、地中に閉じ込められる。今、激しくも美しい大自然の中で、苦難に耐え続ける人々の物語が始まる…本作は中国の偉大な監督とされ、世界中で名の知れた張芸謀監督が、デビューする前に役者と撮影に力を入れた作品で、監督は呉天明で、彼の大傑作の一つである。やはり文化大革命後に映画を学んできた張芸謀や陳凱歌の様に第五世代と呼ばれている監督たちの作品はとてつもなく素晴らしいものが多い。

発展途上国の国々の映画には底知れない力がある。本作も言ってみれば、ただ井戸を作り上げて水を出すまでの流れを淡々と描いているだけだ。ところが観客はそれに涙を流すに違いない。とは言え、本作の呉天明は西安映画製作所の所長を務めた人で、第四世代最後の逸材と呼ばれている人だ。中国映画に詳しい人なら誰もが知っている。ところで中国映画の問題の一つとして必ず浮かび上がるのが中国共産党の調査である。無論本作もブルジョワ民主化を推薦していると言うことで色々と調査を受けたそうだが、これが東京映画祭で賞を受賞したことによって、監督の立場が強くなることを喜んだと言う話もあるようだ。

だが、誰もが知っている天安門事件の事柄により、監督は米国に移住し、そこから数十年間映画制作をしていないと言う悲しい出来事も実際にはある。本作は中国らしい冒頭の出だし方から魅了される。黒を基調とした背景に裸の男性がトンカチで釘を打つ描写から始まる。そこに中国の楽器の音色とともに男の汗水流した体の輝きと井戸の底からカメラが上を撮影する演出でクレジットが流されていく。

続く中国伝統の文化、京劇が垣間見れ、人民を映す。続いて貧困村のロングショットの風景と山々に囲まれている土地柄で、男女がやまびこをするシーンを映し出す。続いて井戸の工事中に事故が起き死人が出る。雪積もる岩場の砂利道を数百人の労働者が駆け下りるシーンは迫力があり、緊迫したやりとりが行われる。ここで老若男女のクローズアップが映されるのだが、中国独特の髭面のじいさんとかの容姿が非常にインパクトがある。

そして労働者同士の血塗られた大暴動が起きる石碑をめぐって…。そして井戸に土地、石を入れられ封じられるのを阻止するために主人公の男が井戸の中に飛び降りる。その際のカットバックが非常に臨場感と緊迫感を与えていてよかった。次の瞬間、井戸の底からのアングルに切り替わる。そしてベッドの上で看病される男、喧嘩を煽り、現場放棄した人たちの責任が問われ始める。

続いて羊飼いの男が羊の群れと共にやってくる。さて、物語は中国の山奥の村では水の無い過酷な日常を生活する民が存在している。映画はその水を井戸を掘って水不足にならぬように暮らす為に村人が全員力合わせて試行錯誤しながら、時には対立し、多くの死者を出して何百年も前から暮らしていた。その劇中に悲しい恋の行方を淡々とリアルに描写していく…と簡単に説明するとこんな感じで、今年アカデミー賞も受賞した「パラサイト」のように韓国の格差社会を描いた作品が評価されるように、去年の「万引き家族」が評価されるように、こういった貧しい作品は世界から評価されやすいが、この作品に関しては西洋人の感覚では寓話として捉えた人も多くいると考えられる。

水がない村で何百年も生活するなんてどう考えたって理解に苦しむであろう。ところが、この作品の物語は決してフィクションではなく、中国の何千万人と言う人々の苦しみを世界に向けて写した真実の物語である。それにしても、中国大陸の貧困村の土地の地形がイランの貧困の村とすごく似ていると感じるのは自分だけだろうか。本作を見るとキアロスタミのジグザグ道三部作の雰囲気を少し感じてしまう。

まだ中国映画に疎くて(と言っても自分もそうだが)、あまり見てない人はこの中国ニューウェーブシネマの父と呼ばれた呉天明の作品をぜひ見て欲しい。もちろん張芸謀や陳凱歌の作品も素晴らしいので。所で、金鶏百花映画祭で作品賞受賞している彼の「變臉 この櫂に手をそえて」がみたくてみたくて仕方がない。どうやらVHSしか国内では無いようだが、それもかなり手にするのが難しい。それともっと過去の作品で言うと「標識のない河の流れ」「人生」なども見てみたい。

余談だが、主人公にふさわしい俳優が居なく、呉天明監督が第二カメラマン担当の張藝謀を主演に抜擢したとの事。それと本作は一九八七年の第二回東京国際映画祭でグランプリと主演男優賞受賞している。
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