シゲーニョ

レスラーのシゲーニョのレビュー・感想・評価

レスラー(2008年製作の映画)
4.1
劇場公開時、自分より先に観たプロレスファンの友人が「ダメでした…www」と一言。
彼は“スタローン信望者”でもあるので、本作に「ロッキー(76年)」のような英雄譚を望んだようだ。

続いて劇場に足を運んだ自分としては、ピークを過ぎ、食うに困りスーパーの肉屋でバイトしながら、ドサ回りのリング(=自分が生きていること、その存在を唯一証明できる場所)にしがみつく主人公、ザ・ラムに共感を覚えた。

ラムの有りようが演じるミッキー・ロークの実人生に重なり、ローク在りきの名作と評価されることも多い本作「レスラー(08年)」だが、監督ダーレン・アロノフスキーのフィルモグラフィーを俯瞰でみると、「π(98年)」「レクイエム・フォー・ドリーム(00年)」そして「ブラック・スワン(10年)」など一貫して描かれているのは、「とあるものに対する中毒・執着」だと気付かされる。

追い詰められた人間を描くことが、この監督、ホント、上手だと思う。

アロノフスキー自身、インタビュー記事でこう語っている。
「テレビ、チョコレート、ドラッグ、希望、愛 etc。
 人それぞれ、色々な物に溺れ、しがみついて生きている。
 僕の場合は映画や仕事にだけど…。
 そんな僕たちの中にポッカリと空洞ができてしまったら
 人はそれを満たすために何でもしようとする」。

もちろん、ヤケクソの末、救いようのない結末となる物語を悲劇的にしなかったのは、ミッキー・ロークの演技によることが大きいと思う。

盛りも過ぎ、稼ぎも無く、「それでも俺はプロレスラー」という肩書きにしがみつく男を、撮影当時全く同じ、盛りも過ぎ、稼ぎも無かった俳優のミッキーロークが「素の芝居」で見事に表現している。
(まぁ、「バーフライ(87年)」や「ホームボーイ(88年)」でミッキー・ロークの十八番が「ダメ男」であることは、既に証明済みだが…)

張り切ってスーパーの肉屋で働くシーンなどは、観ていてホントにホロっとくる。

家賃が払えなくなったランディ(ミッキー・ローク)が、
スーパーでの仕事を増やしてくれるよう現場責任者に申し出るシーン。
そんな自分が滑稽に見えるのか、照れ笑いしながら
「就業時間の延長を…。でも平日だけだ。週末は(プロレスの試合で)忙しいから…笑」
しかし責任者からは「(試合で使う)タイツの値上がりか?」とオチョくられてしまう。

次に、心臓発作を起こしたランディが、
自分の勝手な都合で疎遠となっていた娘ステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)に、現状を伝えにいくも、剣もホロホロに捲し立てられる場面。
「面倒なんて見ないわ。ワタシが頼りたい時、どこにいた?
 誕生日だって、毎年、無視!何日かも知らないでしょ? 
 心臓発作だろうと知ったこっちゃないわよ!」

そして終盤のクライマックス、
リングに向かう身も心もボロボロのランディが、
思いを寄せていたキャシディ(マリサ・トメイ)に向けての最後の台詞。
「外の世界のほうが俺には痛い。もう誰も居ない。
 あそこが俺の居場所だ、行くよ」。

リングを囲むファンへの言葉、
この魂の叫びにも似た謝辞も涙なくして聞くことなどできない。

「この人生、大切なモノを全て失うこともある。
 今や耳は遠いし忘れっぽいし、体もガタがきてる。
 でも、ここに立っている俺はまだ“ザ・ラム”だ。
 こんな俺を見て、いつか人は言うだろう。
 “あいつはもうダメだ” “終わりだ” “落ち目だ、お払い箱だ”。
 だがいいか、俺に“辞めろ”と言う資格があるのは
 お前らファンだけだ。
 ここにいるみんなが、
 俺を戦わせてくれる俺の大切な家族なんだ。
 愛してるよ!ありがとう!」


全てを失った男が死に場所に選んだ場所。
それは観る人によれば、取るに足らない場所なのかもしれない。
でも、自分には「そういう風にしか生きられないんだ…男ってもんは」と思わせてくれた忘れられないシーンである。

大袈裟かもしれないが、10数年前の初鑑賞当時、このミッキー・ロークの覚悟に、己の将来を見せられた気がしたのだ。


最後に…

本作は、スローモーションで宙に舞うミッキー・ロークの姿で終幕を迎えた後、音が遮断され、暗転する。
わずか3、4秒間かもしれないが、この無音と闇に全身全霊が吸収され、まるで支配されてしまったように感じてしまった。

そしてエンドクレジットと共に流れる曲が
「The Wrestler(08年)」。

「三つ足で吠え続ける犬、それは俺だ」と、男泣き必至の歌詞を噛み締めるように歌うブルース・スプリングスティーンの主題曲である。

実はこの曲、ミッキー・ローク直々に、スプリングスティーンへ手紙とスクリプトを送って作成されたと言われているが、スプリングスティーンが曲を書き始めたのは、初号試写を観た後のこと。急遽書き下ろしたナンバーのため、サントラ盤には未収録となってしまった。
(この感動の名曲を何度も反芻したい方は、ボスのアルバム「Working on a Dream」を聴くべし!!)

スプリングスティーンとミッキー・ロークは昔からの知り合いだったらしく、「ミッキーがカムバックできて本当に嬉しい」とコメントしたボスは、本作が資金集めに苦労しているのを知って、この曲を「無償提供」したらしい。(いい話だな…涙)