ふじたけ

抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-のふじたけのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

この映画にして初めてブレッソン映画の極意が少し理解できた気がする。ブレッソンは自分の伝えたいことが言葉で理解されなくても、観客の無意識の網に引っかかればいいと思って自分の表現をするタイプの監督だな。
まず音。足音、電車の音、鍵が階段の手すりに引っかかる音、チャリの音などなど生活の音が場面の雰囲気を作り上げていく。その場面に存在している、もしくは存在していてもおかしくない音を使うのだ。これは観客があたかもその場面にいるかのように錯覚させるための演出なのだろうか?
だから役者の演技は棒で、常に無表情なのかもしれない。役者ではなく見る側が、想像力を働かせその人の心情を考える。役者を代わりに演じなければいけない。つまり傍観者ではなく、自分も映画の中の一人となる必要があるのだ。だからブレッソンの映画が難解であるのだ。
それから手の表現。手によって色んな情報が伝わり、手によって道が切り開かれる。人間手がなきゃなんもできないからな。人間の営みは手に集約されているのかもとか思ったり。
あと編集のリズムが良すぎる。多分いくつか規則があって、コマ単位で調節されている。
そしてこの作品ただ脱出をしようと努力する人を面白く描いただけではない。その裏にはキリスト教(?)が大きく関係しているのでは。
主人公は孤独にひたすら努力をし続ける。安易に祈ることはせず、祈るのは本当に苦しいときだけ。黙々と己と扉と壁と戦い続ける。だが、協力者である人物の死もあって、準備万端にも関わらず脱出しようとしない。今までの努力が信じられなくなってしまったのだ。そこへやってくる死刑判決、そして少年。再び友を得た主人公は自信を取り戻し、脱出へと踏み切る。
つまりは、めちゃくちゃ簡単にいうと孤独な努力と仲間が人間には必要なのだ。いくら一人で綿密に努力しようと人間それを信じきることは難しい。
他にも隣の老人とか、殺されてしまった向かいの人とかの変化を考えてみるとこの映画が深いことに気づかされる。
一度では汲み取れない部分が絶対あるので、もう一度見てみたいです。
ふじたけ

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