じゅんふう

ノルウェイの森のじゅんふうのネタバレレビュー・内容・結末

ノルウェイの森(2010年製作の映画)
2.5

このレビューはネタバレを含みます

ライトノベルしか読んでなかった2010年当時18歳の高校生、まさにワタナベたちと同じ年代として原作を初読し、当時何も知らない純朴な少年にとって、あまりにもあけすけな性描写や村上春樹が紡ぐ独特な文体、不穏な雰囲気や生の奔流のようなセックス、直接的表現、全てにおいて度肝を抜かされ、純文学ってこうなのか…と衝撃を受け、内容は覚えてないのにやたらと思い入れはある作品として、好きではないけれど大事な作品でもあった。
小説を本格的に読んだ事がないという自覚をしつつそれを恥と思いつつ踏ん切りがつかなかったあの頃、映画化して話題だからというミーハーな感覚がきっかけで読む事を決めたのだけども、高校の図書館で借りるとき司書のおばさんが「映画化するからか最近人気だね」と一言添えて渡してくれた言葉に浅はかさが見透かされたかのような恥ずかしさを覚えている、そんなくだらないいわくの思い出つきだったりする。

アマゾンプライムで配信しているのを見かけ、ずっと観てみたいと思っていた事を思い出し、観てみる事にする。図書館でノルウェイの森上下巻を借り、読むのを並行しながら。
久しぶりに読むと8年前に読んだ当時よりも描写や風景がくっきりと見え、こんなに読みやすかったんだ、そしてこんなに感情に訴える作品だったんだと思い、そしてやっぱワタナベ、何だこいつ??という感覚も強く、あけすけな性描写や激しい性行為の細かい表現やその頻度に当時と変わらず純朴な身の自分にとってなんだかわからない強い衝撃を与えてくる作品だなと、小説に関しては強く思い直した。小説に関しては。

この映画、村上春樹の映画としては正解だけど映画として取り出すと0点に近い評価です…。
村上春樹の文体あってこそのあのストーリーに重みというか深みというか味わいが出るので、本筋だけ取り出しても単に周りの女とセックスしまくりという身も蓋もないまとめかたが出来てしまう。ストーリーとしてはあまり面白いというわけでもなく、生と死と性が生臭くぶつかり合う空気に、「やれやれ…」とか言いながら愛とか死とかに向き合っていくからこそ産まれる雰囲気を味わう作品だと個人的には思うので、単純に映画化に向いていないのでは?という懸念が、見事的中した感じです。

雰囲気や音楽はとてつもなく良いんですよ。それに役者も最高のキャスティングですし。松山ケンイチのニヒルで心の底が見えないような笑い方とか静かで陰キャラじみてるのにこざっぱりしている淡白な感じとか、終盤の岩崖の上でよだれたらしながら悲痛な叫びを上げる演技は腰を抜かす程不気味で、かつ怪演だと賞賛できます。
この時はまだ新人としての水原希子。ミドリのエキセントリックさを見事にリアリティ持たせる外見かつ、妖艶で不思議な雰囲気を醸し、村上春樹的口調も見事に違和感なかった。望むならば原作通り限界まで短髪にしてほしかったのはあるけども、それを気にさせないぐらいのオーラをまとっていて素晴らしかった。奇抜で尖ったセンスのオシャレもキャラも派手と感じさせないぐらいの着こなし具合でしたし。
あと永沢さん役の、玉山鉄二!永沢さんのイメージがもう玉山鉄二で固定されてしまう程の当てはまった外見、そして一生勝てそうにもないイケメン具合。姿、シルエットだけでもうこのキャスティング素晴らしいと感じました。
ハツミさんも凄くよかったし、三人の食事シーンとかも良かった。直子と歩く原っぱとか公園とか、部分部分の綺麗で良いところは多くあった。
あったけども、雰囲気だけで、ストーリーが端折られまくっていて、ダイジェストのような突拍子もない話が2時間延々と続くだけになってしまっている。
原作読んでない人は、絶対話についていけないスピードで展開されるので、情緒も詩情さも何もない、大事なシーンも改変して端折っているので、なんだか原作の良さを全て削って出来た物を抽出してみせられているみたいで観ているこっちが「やれやれ」でした。

ミドリとのキスはあるが火事がまったくない。原作、思い出した時に、唯一思い出せた部分がミドリとの火事を見ながらのキスなので、一番そこが思い入れ深かったのにまったくなかったのには、落胆です。飛行機のシーンがない、ハツミさんとのビリヤードの場面がない、ミドリの父親の介護のシーンがない。父親介護の場面なんかは特にキズキ、直子以外の死と直面する大事な場面であるのになぜ削った…?突撃隊がいなくなる話がない、そもそも突撃隊で笑いとったりすることがまったくない、阿美寮で直子が全裸になる素敵なシーンがない、直子やミドリに手紙を送るシーンはあるけど、長い時間を書けて何回もやりとりするところに良さが有るのに数枚で終わっている。レイコさんの過去話がない、レイコさんと弔いの為の弾き語りがまったくないのに押し掛けてセックスを嫌々おっぱじめてる、ミドリの怒る場面が「バーで変な事を言うのを制止されたから」ととんでもなくクレイジーなキレ方となっていて、こいつ情緒不安定なのか?と思わせられるクソ改変。精神が病んで情緒不安定な女vs行動が身勝手で情緒不安定な女状態。ミドリの一見エキセントリックだけど一貫している言動や態度というのが、映画で省略されて、改変されて、歪められているので単に距離感が掴めない女と化してるのが悲しい。
あと、旅途中で漁師に5000円貰って帰る事を決意するシーンが大好きなのに単に岸壁で雄叫びを上げて戻ってきたのには呆れた。日帰り旅行か?悲痛な声を上げる松山ケンイチはよかったのに、一番の見せ場でもあったのに、そこをスっと切り上げて家に帰ってレイコさんとヤって、脈絡のなさに感情が欠如した人たちの盛り合い映画と化してしまっていて本当にやれやれという感じでした。
ワタナベの「ぼくもそう思ってました」が「えぇ…?寝るんですか?」みたいに嫌々ながらという改悪もされていて、口は嫌がっても体は正直だな的激しいセックスをして本当に何がしたいのか分かりません。原作未読の方は心底理解できないと思うし、読んでる人も呆れたとは思います。

雰囲気はいい、配役も良い、曲も良い、なのにストーリーが全然駄目、という映画で、村上春樹的雰囲気を出しているのに村上春樹の小説の味わいとはまったく別のものになっているという不思議な作品になっていて、海外の映画監督がとったにしては春樹的特徴を掴んでいるけど、映画としては村上春樹の文脈が悪く反映されているという、評価が難しい映画ではあったりして、なんだかよくわからない感情に襲われます。
あの量を2時間に短縮するのは難しいけど省略してほしくないところを省略したり改悪して繋げたりしているので完全に裏目ばかり出ている映画。
やっぱり映画化に向いてる作品と向いてない作品があるんだな、ということを改めて思い知らされました。
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