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ノルウェイの森のmanamiのレビュー・感想・評価

ノルウェイの森(2010年製作の映画)
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歳を重ねることは怖い、わたしは15から16になる時には既にそれに対する言いようの無い恐怖があったし、誕生日にはいつも絶望していた、何がおめでたいのか、わたしはいつだって幼さや若さに甘やかされたかったし責任なんて持ちたくなかった。19から20になることは、一種の諦めのような、そんな感覚。20歳という年齢に固執していた彼らも同じだったのかも。彼らは愛に責任を持ちたがった。完璧な我儘とそれを全て受容する完璧な愛。そんな完璧なもの、いつかは崩れ去るに決まっている、彼らはその若さ故に妥協というものを知らず、いつの日かその完璧で甘やかな愛が崩れ去ることを恐れ、そんなことになるくらいなら自ら壊そうと死を選択する。わたしは人がバカスカ死ぬ映画が大好きだ、「香港製造」では主人公が3人とも亡くなるし、バカスカまではいかなくても一番好きな映画は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」だし。それは人が恋愛小説を読んでときめいたり憧れたりするのと同じようなものだと思っている。"死は生の対極としてではなく、その一部として存在している"?そんなこと、分かり切っているというのに。人は生に固執したがり、死を受容することを避け、恐る。自分が死ぬことは怖いのかな、そんなことを考えたって仕様がないけれど、ひとつ分かり切っていることは私たちの多くは自分の死に触れるより前に他人の死に触れる、ということ。親は恐らくわたしよりも早く死ぬし、自分が生まれ落ちた瞬間から多くの人の死に触れ続けなければならない。恋愛小説で描かれているような愛のほとんどがフィクションで非現実世界のものであるように、映画や小説で描かれている死もわたしにとっては非現実世界での出来事。それは心地良い浮遊感と鑑賞後や読後の気持ちの良い喪失感をもたらしてくれる。そんな風に死を消費していたわたしが、現実の死に遭遇した時、彼らが自から死を選んだ理由が少し分かった気がした。悲しいけれど、だってその方がずうっと楽で、耐えようのない喪失感を胸に生き存えることは本当に辛い、耐えられないのは弱さ?"死んだ人はずっと死んだままだけど、私たちはこれからも生きていかなきゃならないんだもの" わたしたちはそれぞれの地獄を抱えて生きている。
小説は小説、映画は映画、で切り替えて見ることができたので安心した。鑑賞後もわたしの中でのワタナベは背が高くなく小柄でひょろっとしていて童顔なままだし、直子の肌は透き通るほど白く仄かに発光しており、緑は「天使の涙」のカレン・モクさながらなファッションに身を包み…なのに永沢だけはわかるー!になっちゃった