メタ

姑獲鳥の夏のメタのレビュー・感想・評価

姑獲鳥の夏(2005年製作の映画)
2.3

呪いはあるぜ。しかも効く。
呪いは祝いと同じことでもある。
何の意味もない存在自体に意味を持たせ、価値を見出す言葉こそ呪術だ。
プラスにする場合は祝うといい、マイナスにする場合は呪うという。
呪いは言葉だ。文化だ。



さあ、どうでしょうか、この一文。
この一文に惹かれたあなたは、もう京極作品がドンピシャになること間違いなしです。そういう私も、原作小説にはとんでもなくハマりました。原作は、推理小説の形をした<憑き物落とし>小説です。最高の娯楽作品でもあり、博覧強記な薀蓄がとても勉強になる。さて、本作、「姑獲鳥の夏」の特徴を簡単にあげると以下のようなものでしょう。

・妖怪
・怪異
・宗教
・民俗学
・憑き物
・科学と認識論

扱う情報の広さがとんでもない。そりゃ原作分厚くなります。この広大な情報の嵐を、拝み屋が、言葉・理屈を持って解体していくわけです。混沌を「言葉」に変換してくれる。この京極堂シリーズの一番の魅力が、この<憑き物落とし>のシーンですよね。ミステリでいう、謎解きの過程になります。ということはもちろん、実写映画にもこのシーンを期待していました。

やっと、映画の感想に入ります。

良い
・全体の雰囲気が結構いい。暗く不思議な感じが、画や音楽から醸し出される。怪奇さを表現できていると思う。
・涼子(原田知世)が綺麗。これは個人的にはかなりぴったり。和服がよく似合い儚げな美人でした。
・いしだあゆみがメチャ怖い。
・原作者京極夏彦が、まさかの水木しげる役として登場。

残念
・えのさんとあっちゃんが微妙。役者のせいではないですけどね。
・原作でもお気に入りの、京極堂が山から下りてくるシーン。ここ見せ場だと思うんですけど、映画じゃあっさり。
・憑き物落としシーンの不十分さ。今作品の最大の魅力は、京極堂が、言葉・理屈を行使し、緻密な「世界」を構築することです。言葉にすることで、語ることによって、圧倒的に不可思議だった謎が謎ではなくなっていく。その過程には、丁寧な理屈の積み重ねが絶対に必要です。言葉の世界に整合性を与えるのも言葉な訳ですね。これを、常人には思いつかないアイデアのもと、鋭利かつ面白くまとめ上げるのが原作のすごいところなのです。しかし、映画では、はしょりすぎ…そして、演出的にももっと盛り上げて欲しかった。そもそも2時間に収めるのは不可能なんですかね。


全体的に雰囲気はいいものの、今作の一番のポイントが損なわれていた。これでは、よくある推理映画と同じです。残念。原作小説と再現度の高い漫画がオススメです。

それでは、最後に例のセリフで締めくくりましょう。


「この世には不思議なことなど何もないのです。あるべきものしかないし起こるべきことしか起こらない」


ブログでも映画について買いています。こちらもどうぞ。
http://interaction.hatenadiary.jp/entry/2018/10/09_1