小松屋たから

トニー滝谷の小松屋たからのレビュー・感想・評価

トニー滝谷(2004年製作の映画)
4.0
毎年恒例の目黒シネマの市川準監督作品特集。

いつも好きな映画は?と聞かれるとなぜか真っ先に頭に浮かぶ作品のうちの一本がこの「トニー滝谷」なのだが、実際には何年も観ていない。

何か、とにかくいい空気の流れている映画だった、という印象しかなくて、「好きな映画」のはずなのにその内容はほとんど覚えていない、という自分にとって不思議な作品。だから、この機会にぜひ改めて、と思って劇場を訪ねた。

今回気づいたのはこの作品は単なるおしゃれ作品では無く、「サスペンス」だったということ。下手から上手へゆっくり横に平行移動していくカメラにあわせて、人の心情や人生が描かれていくのだが、原作をそのまま読んでいると思われる西島秀俊の呟くようなナレーションに、時折、ふと、出演者の生のセリフが挟み込まれていく、その絶妙なタイミングが、恐ろしいほどの緊迫感を生み出していると思った。

人であれ植物であれ対象物を写実的にしか捉えられない画家が、「服を着るために生きている」ような女性と結婚。彼女の急死後、哀しみの中、残された大量の服を着こなせる同じ体型の女性を探す…冷静に考えれば、とても恐ろしい行為で、他人を「モノ」としか見られない悲しい人間の心の叫びと孤独の発露だと言っていいだろう。

横浜の高台に作られたセットで行われたという撮影は、家の中でも風が吹く。監督にも予定外だったらしいが、それをうまく逆手にとって、全編風の吹き渡る、他には無い透明感のある異質な空間を生み出すことに成功している。

それが、一見、「心地よさ」を感じさせるのだが、その中でなされていることは、実は、一人の人間が人間であろうとするための必死の闘いであり、トニー滝谷の行為を監督は突き放しながらも、どこか、これこそが、すべての人間の姿なのではないかと温かい目で肯定もしている。やはり、市川準という才能の先鋭さを改めて感じさせられた。早くに亡くなったことが残念でならない。

今回の「市川準監督特集」では、WOWOWのドラマ「春、バーニーズで」(2006)も特別上映。静謐な中に何か心に忘れられない傷跡を残す異色作。スクリーンで観られること自体が貴重な機会であり、こちらも見逃せない。

目黒シネマで11/29まで。11/27にはトークイベントもあるそうです。
全然、宣伝関係者では無いのですが(笑)、少ないチャンスなので・・