ninjiro

ストレイト・ストーリーのninjiroのレビュー・感想・評価

ストレイト・ストーリー(1999年製作の映画)
4.4
俺は医者ってやつが嫌いでね、ドクターあんたの先祖を呪ってる訳じゃない、きっと俺がただ物事をよく見て、ちゃんと知ろうとしないって、そのせいだろう。老いぼれは大なり小なり誰でもみんな同じだ。今更やり方なんて変えられると思うか?みんな自然と一つの方向へとゆっくり真っすぐに向かうだけで、その他の細かいことなんてどうでも良くなってくる。忘れるしかないことだってあるんだ、心の中で覚えておけばそれで充分、海が海であることを忘れようがないように、良くも悪くも俺は俺でしかあり得ないんだ。
雨垂れの音を聴きながら眠りに就く、星降る夜にはやたらと昔を思い出す、こんなにいとも容易く自由が手に入るなんて、思いもしなかったあの頃、焚き火から飛び立つ火の粉が黒い記憶の中に飛び込んでは何事もなかったように消える、ぼんやりと夢でも見るように、誰にも告げないで反故にしてしまった約束の一つ一つ、自分があの時出来なかったこと、しようと思ったのにしなかった事を眺めて、誰が悪いと責めたって仕方ない、憎しみは所詮、悲しみの肩を借りているだけの間借り人なんだ。幾つもの思い出のうちの幾つかは、もう語り合う人が居ない喜び、幾つかは分かち合う人のいる悲しみ、その他の喜びと悲しみを語り合えるようになるには、きっともう少し時間が掛かるだろう。重い荷物を背負いながら、この両脚が走り出すことはもうないんだから。急ぐ旅だが、きっと時間は待ってるだろう。自分が行き着く場所に何があるか、どんなに時間が掛かったとしても、じっと見詰めてさえいたら、それぐらいはちゃんと分かるようになるものさ。どこかで誰かに聞いたような話だが、今見上げるこの星の光は何十年、何百年、下手すりゃ何万年も前の光だって。俺たちがあの時想像したよりももっと、もっともっと、気が遠くなるほどの遥か遠くから降る光なんだって。
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