Mikiyoshi1986

ヤンヤン 夏の想い出のMikiyoshi1986のレビュー・感想・評価

ヤンヤン 夏の想い出(2000年製作の映画)
4.2
本日6月29日で没後10年目を迎えた台湾ニューシネマの旗手エドワード・ヤン監督。

今年はスコセッシの尽力により「クーリンチェ~」と「台北ストーリー」が4Kデジタル修復版で立て続けに公開され、再び脚光を浴びたことで再評価の高まりも著しい昨今ですが、
この幻の2作品を拝めたことでヤン監督の早世には甚だ寂寥の思いが募るばかりです。

そして本作「a one & a two」はヤン監督の遺作となった彼の集大成でもあり、
全編を冠婚葬祭に準えて人間の通過儀礼を多岐に渡り描ききった渾身の作品であります。

ある家族を通して描かれるそれぞれの紆余曲折。
恋に仕事に家庭問題に元恋人に友人関係と、生きてゆく上で降りかかるあらゆる煩わしいことの数々。
それを糧にしながら苦悩し後悔し困惑し葛藤し、不器用ながらも歩を進めてゆく人間の姿。

一方で本作の中心テーマには「儒教」の精神があると云えます。
中国で2000年以上の歴史を育んできた儒教は文化大革命によって惜しくも潰え、日本でも明治維新以降は風化し、韓国は本質から外れた独自の儒教に変質してしまい、
残された台湾は真に儒教の心髄が脈々と受け継がれている国家。

そんな台湾も目まぐるしい近代化や資本主義体制の波に乗ってゆく過程で、儒教の教えである"五倫五常"の精神性は薄れ、
台湾人の誇るべき美徳や秩序は一体どこへ向かってしまうのかという危惧を、一貫したテーマで作品に込めてきたヤン監督。

本編ではヤンヤンとティンティン、そして祖母以外の登場人物が尽くその儒教の精神から逸脱している中、
ある日本人によってその教えの1つにふと気づかされる父親が描かれます。
それは台湾人の親日性がよく見てとれるシーンでもあり、
また熱海ロケは必然と小津安二郎「東京物語」へのリスペクトからくるもの。
「東京物語」もやはり家族を通して人の心の繋がりを問うた、日本で風化しつつある儒教の精神性を映した作品でもあり、
親や目上の人を尊ぶ気持ちの欠如はアジア圏を越えて世界中で共感を呼び、今や日本が誇る名作と成り得たわけです。

父親NJの逢瀬、娘ティンティンのデート、息子ヤンヤンの初恋が世代を越えて繋がる演出は素晴らしいし、
ヤンヤンがベスポジでパンチラを目撃して恋に落ちるシークエンスは断トツの名シーン!
古き良き台湾の"瀕死状態"を具現化した祖母を前にして、云わば台湾の未来と可能性を象徴したヤンヤンは、一体その後どのように成長していったのでしょうか。

ただ本作の難点はズバリ邦題が残念すぎるところでしょうね。
内容とは関係なく、かつてヤン氏が出演した盟友ホウ・シャオシェン監督作「冬冬(トントン)の夏休み」に思いっきり寄せにいったタイトルにはまったく作品への愛が感じられない。
まぁ「ティンティン 夏の想い出」になるよりかは遥かにマシなんだけども。
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