カツマ

クレイマー、クレイマーのカツマのレビュー・感想・評価

クレイマー、クレイマー(1979年製作の映画)
4.2
ほつれた糸はもう戻らない。結び目を失いはらはらと宙へと彷徨い、悲しみのように舞っていく。ふと、絶たれたと思っていた絆の残骸から光が見えた。彼はその光を抱きしめる。もう離すまいと必死になって叫びながら。

もうどうしようもなくなっていた。彼女は崖から飛び降りるかのように愛する人を置き去りにする。だが、彼女は手放した光の大きさに慟哭し、その光を再び宿したいと願うのだ。

クレイマー、そしてクレイマー。二人のクレイマーが同じ光を抱きしめようと、痛みのようなページをめくる。傷つけ合うほどの末路。交錯する二人の腕が眩い光へと伸ばされた。

第52回アカデミー賞受賞作品であり、言わずと知れた映画史に燦然と輝く殿堂級の作品だ。ダスティン・ホフマンが主演男優賞を、メリル・ストリープが助演女優賞を受賞し、その年のアカデミー賞を完全に席巻した。離婚劇からの親権問題、そして裁判まで、家族に起こりうる様々な問題を映画という形でシンプルかつ直接的に描き出しており、社会風刺の側面を内包しながらも、感動ドラマとして比類なき完成度を実現した不朽の名作だ。

〜あらすじ〜

ニューヨーク、マンハッタンにて。仕事一筋の会社員テッド・クレイマーは、大口の取引先の担当に任命されたことで順風満帆、出世街道真っしぐらの状態だった。家に帰り妻にそのことを誇り高く語るテッドだが、妻のジョアンナはもうそれどころではない。テッドは家庭には無頓着で子育ては全てジョアンナ任せ。理想的な妻を演じてきたジョアンナはついに我慢の限界を迎え、本来の自分を求めて子供を置いて家を飛び出して行ってしまう。息子のビリーの世話などしたこともないテッドは、フレンチトーストは焦がしてしまうし、幼稚園の迎えにも遅れてしまう始末。家で仕事をしていても、ビリーに妨害されて怒り心頭のテッドは全く子育てにならず前途は多難であった。ベッドに潜り込んで泣き濡れるビリー。彼はジョアンナが出て行ったのが自分の責任だと思っていて、それを聞いたテッドは息子を固く抱きしめるのだった・・。

〜見どころと感想〜

印象的なヴィヴァルディの旋律に乗せて、淡々と紐解かれていく家族の絆。仕事人間だったテッドは良き父親となるために、良き母、良き妻であろうともがいてきたジョアンナは一人の女性としての自分を見つめ直すために、それぞれの道を模索する物語となっている。現代に至っても散見する命題を、もう40年近くも前にテーマとして掲げていたあたりに本作の偉大さが伺える。

子役のジャスティン・ヘンリーによる演技が素晴らしく、当時8歳という幼さでアカデミー賞助演男優賞にノミネートするという快挙も成し遂げた。ジャスティンの無邪気な姿が、テーマ的には重いはずの今作に優しい視線を向けさせてくれていたのは間違いないだろう。

原題の『クレイマーvsクレイマー』は同じ姓の二人が法廷で戦うことを意味しており、それをそのまま邦題として載せるのではなく、『クレイマー、クレイマー』というフワッとした題名にしたことは素晴らしい隠し味として機能している。
この映画の本題はやはり夫婦が戦うことではなくて、破綻した結婚生活にどんな落とし所を見つけるか、なのだと思うから。

〜あとがき〜

現在公開中の『マリッジストーリー』を観て今作を想起した人は多いのではないかと思います。『マリッジストーリー』がより夫婦間の関係性に焦点を当てているのに対して、こちらはより子供の親権の部分を重要視していたように感じましたね。

フレンチトーストを上手く作れるようになった父子の姿を眺めているだけで涙がこみ上げてくるラストがとても好き。メリルの泣きの演技にもらい泣きしながら、その扉が閉まった後の暗闇に一縷の光を見出したくなるような作品でした。
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