ケーティー

クレイマー、クレイマーのケーティーのレビュー・感想・評価

クレイマー、クレイマー(1979年製作の映画)
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全体の構成や各々のシーンの作りなど、アドリブも功を奏した隙のない名作
ただし、今となっては古典で新鮮味や衝撃が当時の人のようには感じられないのかもしれない……。


訴訟社会のアメリカで本作のような作品が作られたことを考えると、おそらく建前では言えないけど本音では、離婚に対して二律背反的な部分を多くの人が抱えていたのかもしれない。特に、今では映画でもドラマでもありそうだが、当時としてはラストが新鮮だったのではないかと想像できる。

ラストシーンは、様々な解釈が可能だ。(セリフもうまい)私は、家族という枠組みにとらわれない、それぞれ自立した(identicalな)新しい関係性を描きたかったのではないかと感じた。先ほど、離婚に対して二律背反的な部分があるのではないかと述べたが、それは、離婚をすること=家族それぞれの幸せという考えと、離婚をしないこと=家族を存続させるという考えが同時に存在するということだ。わかりやすく子どもの視点から見れば、離婚をすれば親がそれぞれイキイキと生きることができ子どもにプラスになるという考えと、離婚しなければこれまで通り家族が存続し子どもにプラスだという考えが並存する。しかし、離婚=家族の解散、離婚しない=家族の存続と、シロクロ分けられるものなのだろうか。あるいは、シロクロ分けるべきなのだろうか。仮に、離婚したとしても生みの親は変わらないし……。そんな離婚に孕むちょっとした違和感を起点に、本作は(特にラストで)振り切った視点で見せることで、今までのあり方に新しい視点を持ち込む。これがうまくいっている作品だと感じた。身近な中で感じるちょっとした違和感を、思いっきり振り切って、それを設定なりストーリーとしていけば、新たな視点の作品ができる。そんなことを教えてくれる映画である。

私自身、離婚を経験したことがないし、そのほか人生経験が足りないので、あくまでもつたない理解の中での想像ではあるのだが、今後歳を重ねていったときに、改めて観たい作品だと思った。そのとき、一体何を思うのか……。

正直なところ、色々想像したり、考えさせられたりはするのだが、まだ実感のわかない部分も多い。映画として、作り方にはうまさ満載で、紛れもなく名画だとわかるのだが、大きな感動(エモーショナルな反応)には至らなかった。


以下、細かなシーンで、工夫が印象に残った点を、備忘として書き記す。

まず冒頭で、サボテンと花の使い方がうまい。メリル・ストリープ演じる妻が部屋に入ってくる夫を出迎えようとドアの前に行くと、一人ドアの前まで来た妻の横には花のないサボテンがある。そして、妻のことなど対して気遣わず入ってきたダスティン・ホフマンはすぐ鏡の前に移り、そこには色鮮やかな花が置かれている。これだけで、視覚的に夫婦の心情の差を見事に冒頭でさりげなく表現している。厳密に考えれば、離婚して家を出ていく女が、あんなに色鮮やかな花を花瓶に生けてるとは考えにくいが、それを外しても、夫婦の心情表現を優先し、この演出をとった監督は流石だろう。

また、有名なフレンチトーストのシーンの使い方はやはり、見事である。ある種の感動や切なさを感じる終盤のシーンはもはや言うまでもないが、序盤の言い訳の面白さもいい。ここで、散々しゃべられせて面白く見せているからこそ、終盤の無言のシーンがいいシーンになる。映画「リトル・ミス・サンシャイン」でも、おしゃべりな少女をしゃべらせないことでいいシーンを作っていたが、しゃべらせないことで情感を生ませるというテクニックもあるんだと改めて思わせる。

もう1つの有名なシーンであるアイスクリームとステーキのシーンもよい。アイスクリーム一つをきっかけに、子どもの根深い悩みを打ち明けるシーンにつなげる、その手法は見事である。このアイスクリームのシーンは、確かダスティン・ホフマン発案のアドリブ的なシーンとどこかで読んだが、そのアドリブ的な沸点の高め方が、その高められた感情のまま自然と子どもの告白シーンにつながっていて、よいシーンになっているのではないかと感じた。

また、全体の構成もうまく、中盤手前で、観客をいい気持ちにさせて、さらなる大事件を新たに展開させる鮮やかさは素晴らしいし、季節の使い方もうまい。序盤ではハロウィーンのシーンを出すことで、父は化けることができるのかというメタファーを表現するし、切羽詰まったシリアスな状況にあら父をより浮き彫りにさせるクリスマスの時期の使い方のうまさも、構成・演出のベタな作法ではあるのだけど、やはり特筆すべき点だろう。実に効果的でうまい。


最後に補足すると、ドラマ「アットホーム・ダッド」は本作を参考にしていると感じた。父親の子どもの世話シーンや、その中で抱える問題、仕事で言い訳するシーンなど、かなり参考にしている印象を受ける。あくまでも推測ではあるけれど。